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龍馬大接近! 

龍馬大接近!
桂浜-1
ブルーの海と澄み渡る空そして痛いほどの日差し!
どこまでもまっすぐな水平線。高知だ!と叫びたくなるような風景。
この桂浜龍馬の像がある。普段は仰ぎ見る龍馬だが、
今回は龍馬の顔の高さまで上がることができた。
りょうま-1
上ってみると結構高く、また龍馬もデカい!
りょうま-3
これが同じ高さから見た龍馬
大河ドラマで龍馬を放送した時にもあったのだが、あまりにも
たくさんの人が並んでいたので断念した覚えがある。
りょうま-4
真横から見た龍馬。どこを見ているのかな?
(もう今回の大接近は終わりました。またの機会を・・・)

純白?の姫路城! 

平成の大修理が終わって眩しい!
姫路城(ひめじじょう)
n姫路城-3
修理前と比較してみるとこんなに違います。
himejijyo1.jpg
完成までに5年半。その費用は約24億円!
延べ15000人の職人による大修理だ。
n姫路城-5
壁はもちろん、瓦も一つ一つ白漆喰で丁寧にふちどりされ、
遠くから見るとその白さが眩しい!
n姫路城-4
ただ観光客も多く、混雑時には整理券がないとチケットが
買えないらしいです。私たちは金曜日でそんなに混雑して
いなかったのだが天守最上階では「立ち止まらないように」と
係りの人が忙しそうに整理をしていたが、「土日なら大混雑
だろうな~」と思いながら観光しました。

屋根の上のしゃちほこが、明治・昭和・平成と時代ごとに
展示されていたのでご紹介。
n姫路城-8

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n姫路城-6


第八十八番札所 医王山 大窪寺 

医王山 大窪寺(いおうざん おおくぼじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか



88大窪寺-新山門25
●宗派/真言宗大覚寺派 ●開基/行基
香川県さぬき市多和兼割96
八十七番札所から約17km 徒歩約4時間
駐車場50台(無料)境内まで徒歩2分

遍路の締めくくりの「結願寺(けちがんじ)」
深山の木々に包まれた境内は、春は桜、初夏には藤
秋には紅葉、冬は雪景色と四季折々に美しい。
が、冬には道路が凍結することもあるので注意が必要。
(1月に行った時の手水場。水がそのままの形で凍っていた。)
fudasyo-88-kori.jpg

養老元年(717)に行基が堂を建立したのが始まりとされる。
その後、弘法大師が薬師如来を刻んで本尊とした。
88大窪寺-大師像25
ふつう薬師如来は左手に薬壺を持つが、この寺の薬師如来は
薬壺のかわりに法螺貝をもった珍しいもので、その法螺貝で
すべての厄難諸病を吹き払うという。(秘仏になっている)
88大窪寺-本堂25
この時大師は、唐の恵果和尚から授かった、三国(インド・唐・日本)
伝来の錫杖も納めている。(寺宝とされており、拝観はできない。)
88大窪寺-大師堂25
古くから多くの信仰を集め、僧坊も100を超えるほどだったという。
また、早くから女性の入山を許したので「女人高野」とも呼ばれ
栄えていたが、天正の兵火で堂宇は炎上。経典や仏像もほとんどが
焼失したが本尊は無事だったという。
88大窪寺-大師堂26
その後、高松藩主が再興したが、明治33年の火災で堂塔を焼失。
二天門を除く建物はその後再建されたもの。
88大窪寺-古山門25


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八十八番札所の納経

☆一口メモ/奉納金剛杖
88大窪寺-杖25
境内には、結願したお遍路さんが奉納した金剛杖や菅笠が
大量に置かれている。
これは八十八の札所を無事巡り終えた証でもある。
この奉納品は、毎年春分の日と8月20日に催される柴灯護摩供で、
山伏修験者によって炊き上げられる。

結願証明書
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納経書で申し込めば結願証明書を発行してくれる。(2000円)
四国八十八ヵ所を巡り終わった記念にぜひどうぞ・・・

第八十七番札所 補陀洛山 長尾寺 

補陀洛山 長尾寺(ふだらくざん ながおじ)
●本尊/聖観世音菩薩
●真言/おん あろりきゃ そわか


87長尾寺-山門26
●宗派/天台宗 ●開基/行基
香川県さぬき市長尾西653
八十六番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場50台(無料)納経所横

この仁王門は元禄7年(1694)建立のものとされ、鐘付きの
鐘楼門となっていて、長さ約4mの大草鞋が掛かっている。
この草鞋は紙で作られていて、高松檀紙わらじ会が平成
16年の秋に奉納したもの。
87長尾寺-本堂26
天平11年(739)に行基が柳の木に聖観音を彫り安置したのが始まり。
大同年間(806~810)弘法大師が唐へ渡る前に訪れて
年頭七夜の護摩祈祷を行った。
唐から帰国後、大師は入唐の大願成就を感謝し、大日経一字一石の
供養塔を建てたという。
その後、兵火により堂宇を焼失。慶長年間(1596~1614)に
讃岐国守により再興され、後、高松藩主により庇護され、
松平家の祈願寺となった。
87長尾寺-大師堂26
天和3年(1683)高松藩主・松平頼常の命で天台宗に改宗された。
本堂は松平頼重により建てられたもので、葵の紋入りの丸瓦が
残っている。本尊の聖観音像は、たびたびの火災にも不思議に
無事で、秘仏としてまつられている。
松平頼重はこの本尊を、讃岐の主な観音像7体の中でも
随一だとして「当国七観音随一」と指定したという。
87長尾寺-大木26
長尾の商店街に近く、町の人からは「お観音さん」と親しまれ、
近隣住民の憩いの場ともなっている。
また、毎年正月7日には大鏡餅と三宝(あわせて180kg)を
持ち上げて歩いた距離を競う「大鏡力餅運搬競技大会」が行われる。

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八十七番札所の納経

☆一口メモ/経憧(きょうどう)
87長尾寺-経堂26
経憧とは、写経を埋めた上に立てるもので、仁王門前に
左右一対で立っている。西側のものには「弘安六年七月」、
東側のものには「弘安九年五月」とあり、元寇の役の
犠牲者のために立てられたものと思われる。
国の重要文化財に指定されている。

静御前剃髪塚        
87長尾寺-静御前26
静御前が、母の磯野禅師(磯禅尼)と共に、この寺で
得度した時に剃髪した髪を埋めたという。

第八十六番札所 補陀洛山 志度寺 

補陀洛山 志度寺(ほだらくざん しどじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


86志度寺-山門25JPG
●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/藤原不比等
香川県さぬき市志度1102
八十五番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場30台(無料)裏門横

推古天皇33年(625)創建と伝わる古寺。
薗子という尼が霊木で本尊を彫り、お堂を建てたのが始まり。
86志度寺-2海女の墓26
その後、藤原不比等が妻である海女の墓を建立して、
「死度道場」と名づけた。その息子の房前(ふささき)が
行基とともに堂宇を拡張し、僧侶の学問所や修行の場となった。
弘仁年間(810~824)に弘法大師が訪れ、第86番札所に定めた。
86志度寺-本堂26
堂々とした造りの仁王門(重要文化財)は、日本有数の名門と
称えられ、その中に収められた仁王像は、鎌倉時代の仏師、
運慶作といわれている。
本堂は、仁王門とともに讃岐藩主が寛文10年(1671)に
寄進したもので、本尊とともに重要文化財に指定されている。
86志度寺-大師堂26
広い境内には、左手に五重塔、右手には書院が建っている。
奥に広がる3000坪の庭は有名。
86志度寺-五重塔26




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八十六番札所の納経

☆一口メモ/海女の墓
86志度寺-海女の墓26
房前が母の供養のために建立した1000基の石塔の一部といわれ、
約20基が並んでいる。墓のそばには高浜虚子の長男・年尾の
「盆に来て海女をとむらふ心あり」の句碑が立つ。
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海女の命日の7月16日には境内に屋台や食べ物の出店で賑わう、
「十六度市」が催される。
      
曲水式庭園・無染庭(むせんてい)
3000坪の広さがある庭園は、室町時代の四国管領・細川氏が
代々寄進して作らせたもので、京都の竜安寺石庭を作った
細川勝元が完成させた。(見学料/大人200円)

平賀源内の墓
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江戸時代の天才?平賀源内はこの志度の生まれ。
源内の旧邸には「平賀源内先生遺品館」が併設され、発明品や
書簡などが展示されている。また自性院常楽寺には、源内の
墓が残されている。
※常楽寺は志度寺のすぐ近くにある。

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました