第八十六番札所 補陀洛山 志度寺
admin≫
2016/08/25 17:39:21
2016/08/25 17:39:21
補陀洛山 志度寺(ほだらくざん しどじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか

●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/藤原不比等
●香川県さぬき市志度1102
八十五番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場30台(無料)裏門横
推古天皇33年(625)創建と伝わる古寺。
薗子という尼が霊木で本尊を彫り、お堂を建てたのが始まり。

その後、藤原不比等が妻である海女の墓を建立して、
「死度道場」と名づけた。その息子の房前(ふささき)が
行基とともに堂宇を拡張し、僧侶の学問所や修行の場となった。
弘仁年間(810~824)に弘法大師が訪れ、第86番札所に定めた。

堂々とした造りの仁王門(重要文化財)は、日本有数の名門と
称えられ、その中に収められた仁王像は、鎌倉時代の仏師、
運慶作といわれている。
本堂は、仁王門とともに讃岐藩主が寛文10年(1671)に
寄進したもので、本尊とともに重要文化財に指定されている。

広い境内には、左手に五重塔、右手には書院が建っている。
奥に広がる3000坪の庭は有名。


八十六番札所の納経
☆一口メモ/海女の墓

房前が母の供養のために建立した1000基の石塔の一部といわれ、
約20基が並んでいる。墓のそばには高浜虚子の長男・年尾の
「盆に来て海女をとむらふ心あり」の句碑が立つ。

海女の命日の7月16日には境内に屋台や食べ物の出店で賑わう、
「十六度市」が催される。
/曲水式庭園・無染庭(むせんてい)
3000坪の広さがある庭園は、室町時代の四国管領・細川氏が
代々寄進して作らせたもので、京都の竜安寺石庭を作った
細川勝元が完成させた。(見学料/大人200円)
/平賀源内の墓

江戸時代の天才?平賀源内はこの志度の生まれ。
源内の旧邸には「平賀源内先生遺品館」が併設され、発明品や
書簡などが展示されている。また自性院常楽寺には、源内の
墓が残されている。
※常楽寺は志度寺のすぐ近くにある。
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか

●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/藤原不比等
●香川県さぬき市志度1102
八十五番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場30台(無料)裏門横
推古天皇33年(625)創建と伝わる古寺。
薗子という尼が霊木で本尊を彫り、お堂を建てたのが始まり。

その後、藤原不比等が妻である海女の墓を建立して、
「死度道場」と名づけた。その息子の房前(ふささき)が
行基とともに堂宇を拡張し、僧侶の学問所や修行の場となった。
弘仁年間(810~824)に弘法大師が訪れ、第86番札所に定めた。

堂々とした造りの仁王門(重要文化財)は、日本有数の名門と
称えられ、その中に収められた仁王像は、鎌倉時代の仏師、
運慶作といわれている。
本堂は、仁王門とともに讃岐藩主が寛文10年(1671)に
寄進したもので、本尊とともに重要文化財に指定されている。

広い境内には、左手に五重塔、右手には書院が建っている。
奥に広がる3000坪の庭は有名。


八十六番札所の納経
☆一口メモ/海女の墓

房前が母の供養のために建立した1000基の石塔の一部といわれ、
約20基が並んでいる。墓のそばには高浜虚子の長男・年尾の
「盆に来て海女をとむらふ心あり」の句碑が立つ。

海女の命日の7月16日には境内に屋台や食べ物の出店で賑わう、
「十六度市」が催される。
/曲水式庭園・無染庭(むせんてい)
3000坪の広さがある庭園は、室町時代の四国管領・細川氏が
代々寄進して作らせたもので、京都の竜安寺石庭を作った
細川勝元が完成させた。(見学料/大人200円)
/平賀源内の墓

江戸時代の天才?平賀源内はこの志度の生まれ。
源内の旧邸には「平賀源内先生遺品館」が併設され、発明品や
書簡などが展示されている。また自性院常楽寺には、源内の
墓が残されている。
※常楽寺は志度寺のすぐ近くにある。
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