四国霊場八十八ヵ所
四国(霊場)は弘法大師と心を通わせる聖地! 四国が誇る文化遺産四国霊場八十八ヵ所を紹介! でもあまり難しく考えずにお気軽に・・・。
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第六十四番札所 石鉄山 前神寺
石鉄山 前神寺(いしづちさん まえがみじ)
●本尊/阿弥陀如来
●真言/おん あみりた ていせい からうん

●宗派/真言宗石鉄派 ●開基/役行者小角
●愛媛県西条市洲之内甲1426
六十三番札所から約3km 徒歩約50分
駐車場30台(無料)山門内
真言宗石鉄派の総本山で石鉄修験道の根本道場。
役行者(えんのぎょうじゃ)が、奈良時代に石鎚山頂で修行中に
現れた石鉄蔵王権現を祀ったのが始まりと伝えられる。
その後桓武天皇が病気平癒を祈願し、見事に成就したため
七堂伽藍を建立し、金色院前神寺と称し勅願所とした。
山岳修験の聖地となった石鎚山で弘法大師も修行し、求聞持法を
修めて霊場とした。

その後歴代天皇からも信仰され、中世には領主・河野氏、
江戸時代には西条藩主松平家からも信仰され、ここに東照宮を祀り
三葉葵の寺紋を許したという。
かつては石鎚神社と一体だったが、明治初期の神仏分離で神社が
独立し廃寺となったが、明治11年に大師堂と鐘楼が現在地に移され、
明治42年に前神寺として復活した。

左右に狛犬を配した石柱門から山門をくぐり、坂をあがると
深山幽谷の趣をたたえている境内が広がる。右に曲がると左手に
大師堂があり、石段を上がると不動堂と薬師堂が並んでいる。
その先には権現堂へ上がる石段が続いている。

そして、正面に阿弥陀如来を祀る本堂がある。
石鎚山を背景に石鉄修験道の総本山にふさわしい趣だ。
桜の季節には周辺がピンク色に染まり特に美しい。
7月の山開きには、白装束を着た多数の信者たちが、
奥前神寺まで仏名を唱えながら山を登っていく。
(山開きは7月1日から10日間)

六十四番札所の納経
☆一口メモ/御滝不動尊

大師堂の石段を上がったところにある。
ここに一円玉を貼り付けて、見事にくっつけばご利益があるという。
●本尊/阿弥陀如来
●真言/おん あみりた ていせい からうん

●宗派/真言宗石鉄派 ●開基/役行者小角
●愛媛県西条市洲之内甲1426
六十三番札所から約3km 徒歩約50分
駐車場30台(無料)山門内
真言宗石鉄派の総本山で石鉄修験道の根本道場。
役行者(えんのぎょうじゃ)が、奈良時代に石鎚山頂で修行中に
現れた石鉄蔵王権現を祀ったのが始まりと伝えられる。
その後桓武天皇が病気平癒を祈願し、見事に成就したため
七堂伽藍を建立し、金色院前神寺と称し勅願所とした。
山岳修験の聖地となった石鎚山で弘法大師も修行し、求聞持法を
修めて霊場とした。

その後歴代天皇からも信仰され、中世には領主・河野氏、
江戸時代には西条藩主松平家からも信仰され、ここに東照宮を祀り
三葉葵の寺紋を許したという。
かつては石鎚神社と一体だったが、明治初期の神仏分離で神社が
独立し廃寺となったが、明治11年に大師堂と鐘楼が現在地に移され、
明治42年に前神寺として復活した。

左右に狛犬を配した石柱門から山門をくぐり、坂をあがると
深山幽谷の趣をたたえている境内が広がる。右に曲がると左手に
大師堂があり、石段を上がると不動堂と薬師堂が並んでいる。
その先には権現堂へ上がる石段が続いている。

そして、正面に阿弥陀如来を祀る本堂がある。
石鎚山を背景に石鉄修験道の総本山にふさわしい趣だ。
桜の季節には周辺がピンク色に染まり特に美しい。
7月の山開きには、白装束を着た多数の信者たちが、
奥前神寺まで仏名を唱えながら山を登っていく。
(山開きは7月1日から10日間)

六十四番札所の納経
☆一口メモ/御滝不動尊

大師堂の石段を上がったところにある。
ここに一円玉を貼り付けて、見事にくっつけばご利益があるという。
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