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第五十一番札所 熊野山 石手寺 

熊野山 石手寺(くまのざん いしてじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


51石手寺-大師像26
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/行基
愛媛県松山市石手2-9-21
五十番札所から約3km 徒歩約50分
駐車場30台(500円)寺横
周りにもたくさん駐車場有。150円~300円
(こちらのほうが出入りがしやすい。)

四国霊場でも随一の寺宝・文化財を有する名刹。
石手寺は道後温泉に近く、お遍路さんだけでなく湯治客や
観光客でにぎわっている。
51石手寺-参道26
みやげ物や仏具、名物の「おやき」などを売る店が並んだ
屋根のある参道を抜けると、大きな仁王門が「大わらじ」
とともに迎えてくれる。この仁王門は文保2年(1318)に
河野通継が建造したもので、国宝に指定されている。
51石手寺-わらじ25
神亀5年(728)聖武天皇の勅願により建立。
本尊の薬師如来は行基が開眼。安養寺と名付けられ、法相宗に
属していたが、弘仁4年(813)に弘法大師が真言宗に改めた。
石手寺と称するようになるのはもう少し後のこと。
51石手寺-本堂26
この改称に当たっては伝説がある。
伊予の国の強欲な長者・衛門三郎は、托鉢をしていた弘法大師
心ないふるまいをし、追い払った。
その後、8人の子が次々と亡くなったことから改心。
大師の後を追って霊場巡礼を始めたが、大師に会えぬまま
21回目の巡礼の途中に、十二番札所焼山寺で力尽きて倒れた。
その枕元に大師が現れ、「衛門三郎」と書いた石を授けたところ
安心して息を引き取った。その後、この地方の領主・河野家に
嫡男が誕生したが、赤ん坊はなぜか手を開かない。安養寺に
願をかけたところ手が開き「衛門三郎」と記された石が出てきた。
その石は寺に納められ、この時より寺名は「石手寺」となった。
51石手寺-衛門三郎26
入り口に「悔い改める衛門三郎」の像がある。
(衛門三郎はお遍路の元祖と言われている。)
51石手寺-大師堂26
平安時代の末には七伽藍を備え、鎌倉時代の末には河野氏らにより
堂塔が再建された。現在の堂塔はいずれもこの時代のもの。
51石手寺-鬼子母神26
大師堂の隣にある訶梨亭母天堂には、子供を守る鬼子母神が
祀られており、子さずけや安産祈願に訪れる人も多い。
堂の前にある石を持ち帰ると子供がさずかるという。
またこの堂は、鎌倉時代の建立で重要文化財に指定されている。


noukyou-51.jpg

五十一番札所の納経

☆一口メモ/三重塔
51石手寺-2三重塔25
仁王門・本堂・鐘楼・護摩堂・梵鐘・石造り五輪塔など、国宝や
重要文化財が多いが、その中でも本瓦葺屋根の和様の建造物
である三重塔はひときわ目を引く。

弘法大師
fudasyo-51-daisizo.jpg
寺の裏山等にある「ミニ八十八ヶ所めぐり」の途中にある
ビッグな弘法大師像。山の頂上にあり下から見ても大きいが、
すぐ近くでみると本当に「でかい!」

道後温泉
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日本最古の温泉として有名な道後温泉が石手寺の近くにある。
本館は明治27年に建てられた木造三層楼の建物。
平成6年には国の重要文化財に指定された。
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました