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真言宗十八本山第八番 泉涌寺 

真言宗十八本山第八番 
御寺(みてら)と呼ばれる寺
泉涌寺(せんにゅうじ)
泉涌寺-総門

●宗派/真言宗泉涌寺派総本山 
●本尊/釈迦如来・阿弥陀如来・弥勒如来
●開基/神修上人(伝)

●京都府京都市東山区泉涌寺山内町27

仁和寺・大覚寺などと共に、皇室ゆかりの寺院として知られる。
草創の時期はいろいろ説があり、藤原氏が自らの山荘に
神修上人を開山として草創したという伝承もある。
別の伝承は、空海がこの地に草創した法輪寺が起源であり
藤原氏によって再興され、仙遊寺と改めたという説もある。
泉涌寺-仏殿
鎌倉時代の建保6年(1218)月輪大師・俊芿(がちりんだいし・
しゅんじょう)が、宇都宮信房からこの地を寄進され大伽藍を
造営し、嘉禄2年(1226)完成。その時、寺の一角から霊泉が
湧き出たことから泉涌寺と改めた。今もこの泉は枯れることなく
湧き続けている。それを覆う屋形は寛文期のもので、仏殿と
同時代のものといわれる。
泉涌寺-泉涌水屋形

俊芿は宋から多くの文物をもたらし、泉涌寺の伽藍はすべて
宋風に作られた。応仁の乱による焼失を初め、たびたびの
火災で焼失しており、現在の堂宇はそれ以降の再建。
本堂は徳川家綱の援助で寛文8年(1668)に再建したもので、
この寺では宋風に「仏殿」の呼称を用いる。
内部には本尊の三尊仏が安置され、また毎年3月15日に
奉掲の「大涅槃図」は国内随一の巨大作であり、一見の
価値がある。(今回も見ることができました。ラッキー!)

泉涌寺-大門
皇室との結びつきは強く貞応3年(1224)には後堀河天皇に
より皇室の祈願寺と定められた。江戸時代には後水尾天皇
以下、幕末の孝明天皇に至る歴代天皇が山内に葬られている。
泉涌寺はこれら皇室の陵墓に香を炊き花を供える香華院となり、
「御寺(みてら)」と尊称されている。
泉涌寺-舎利殿

noukyou-泉涌寺18の8 ●泉涌寺の納経

●一口メモ/楊貴妃観音堂
泉涌寺-楊貴妃観音堂
大門を入って左手の奥まったところに建つ。
南宋時代の作である観音菩薩坐像(通称・楊貴妃観音)を
安置する。近年は、恋愛成就・縁結びのパワースポットとして
人気がある。
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました