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真言宗十八本山第七番 智積院 

真言宗十八本山第七番 
根来山から京都東山へ
智積院(ちしゃくいん)
智積院-総門

●宗派/真言宗智山派総本山 ●本尊/金剛界大日如来
●開基/玄宥(げんゆう)

●京都府京都市東山区東大路通七条下ル東瓦町964

智積院は、もともと紀州・根来山大伝法院の数多く建てられた
塔頭(たっちゅう)寺院の学頭寺院だった。
しかし、根来山が巨大な勢力を持つに至り、秀吉と対立し、
その軍勢により天正13年(1585)、堂宇のほとんどを焼失。
その時、智積院の住職であった玄宥は難を逃れ、各地を流転
しながら智積院の再興を志した。慶長6年(1601)、家康より
東山豊国神社境内の宿坊と土地が与えられ、智積院は復興した。
智積院-金堂
元和元年(1615)に豊臣氏が滅び、隣接地にあった豊臣氏ゆかりの
禅寺・祥雲禅寺を拝領し、境内伽藍が拡充された。
再興された智積院の正式名称は、「五百佛(いおぶさん)根来寺
智積院」という。
智積院-大師堂
智積院は、根来時代の伝統を踏まえ、弘法大師から伝わる
真言教学を伝える「学山」として教学や修行を行い、また
他宗の僧侶や一般の学徒にも解放され、「学門寺」として
江戸時代には多くの学僧を輩出したという。
智積院-山門2JPG
明治初期の廃仏毀釈により、智積院は困難な時代をむかえた。
また、明治15年には金堂を焼失した。
こうした時代を経て、明治33年に全国約3000の寺院が結集し
智積院を総本山と定めた。

noukyou-智積院18の7 ●智積院の納経

●一口メモ/明王殿
智積院-不動堂
本尊は不動明王で不動堂とも呼ばれる。
昭和22年の火災により本堂が焼失した際に、浄土宗の名刹
大雲寺の本堂を譲り受け、現在の講堂の場所に移築した。
平成2年に講堂再建に伴い現在の場所に移築された。
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
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四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました