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真言宗十八本山第十番 勧修寺 

真言宗十八本山第十番
皇室と藤原氏にゆかりの寺
勧修寺(かじゅうじ)
勧修寺-山門

●宗派/真言宗山階派大本山 ●本尊/千手観音
●開基/醍醐天皇、承俊(開山)

●京都府京都市山科区勧修寺仁王堂町27-6

寺名は「かんしゅうじ」「かんじゅうじ」などとも読まれるが、
寺では「かじゅうじ」を正式の呼称としている。山号は亀甲山。
しかし、山科区にある勧修寺○○町という地名の読み方は、
「かんしゅうじ」だそうだ。(ややこしい?!)
勧修寺-宸殿
寺伝によると、昌泰3年(900)醍醐天皇が、生母 藤原胤子の
追善のため造立させたという。胤子の父 藤原高藤の謚号(しごう)
をとって勧修寺と号した。開山した承俊は東大寺出身の僧。
勧修寺-書殿
代々法親王が入寺する宮門跡寺院として栄えたが、文明2年(1470)
兵火で焼失。江戸時代に徳川家と皇室の援助により復興された。
勧修寺-本堂
天永元年(1101)七世長吏となった寛信は真言密教の事相に通じ、
真言宗小野流の一派である勧修寺流の祖とされている。
後伏見天皇の第七皇子、寛胤法親王が十五世長吏となって以来
宮門跡寺院となり、幕末まで法親王ないし入道親王が入寺した。
勧修寺-観音堂
真言宗各派は明治以降、分派・合同を繰り返し、御室派、醍醐派
大覚寺派等に分裂。明治40年には当時の真言宗が解消されて
山階派、小野派、東寺派、泉涌寺派として独立。勧修寺は山階派
本山となった。その後真言宗は統合されたが、昭和27年再度
山階派として独立している。

noukyou-勧修寺  ●勧修寺の納経

●一口メモ/氷室の池
勧修寺-氷室の池
勧修寺氷池園と呼ばれる池泉庭園の中心にある「氷室の池」は
平安時代には1月2日にここに張った氷を宮中に献上して、その
厚さによって五穀豊穣を占ったと言われている。

勧修寺型燈籠
勧修寺-燈籠
書院前にある燈籠は徳川光圀寄進と伝えられ、樹齢750年と
言われる「ハイビャクシン」というひのき科の常緑樹が周りを
覆っている。
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
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四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました