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鎌大師 

鎌大師(かまだいし)
四国霊場ではないが、知る人ぞ知る?お堂!
鎌大師-1
鎌大師堂/松山市下難波甲1063
平安時代、弘法大師が四国巡行の途中、草を刈りながら泣く童子を
見つけ、わけを聞くと「疫病が流行し、姉が死に弟も患っており
皆死んでしまうのではないかと心配で・・・」と言う。
大師はこれを憐れみ童子の持っていた鎌で自分の像を刻み
これに祈願するようにと言い残して立ち去ったという。
その言葉どおりにすると病人は快癒し、疫病も消滅した。
その大師像を本尊としてこの地に堂を建て「鎌大師」と呼んで
深く信仰されてきたと言い伝えられる。
昭和48年境内にある芭蕉塚十八人塚、大師松と合わせて
文化財に指定されたが、大師松は平成六年に枯死してしまった。

鎌大師-芭蕉
芭蕉塚
寛政5年(1793)、芭蕉100回忌に当たりその遺徳をしのぶ
人々によって建てられたもの。碑には句が刻まれてはいないが、
県下でも古い芭蕉塚の一つといわれている。

鎌大師-十八人
十八人塚
建武2年(1335年)、赤橋武蔵野守重時は烏帽子城(えぼうしじょう)
(現在の恵良山)に拠っていたが、土居、得能連合軍に攻められ
重時ら主従十八人が自刃した。彼らを葬ったと伝えられるのが
境内南西面ある古墳内に祀られている。

※鎌大師2に続く
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
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四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました