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丸岡城2 

丸岡城
「一筆啓上」の書簡で有名!
丸岡城.001桜
天正10年(1582)の本能寺の変後、柴田勝豊が江州長浜へ移ると、
城主は安井家清・青山修理亮・忠元・今村盛次と代わり、
慶長18年(1613)本多成重が4万3000石で入城した。
成重は、徳川家康譜代の功臣で「鬼作左」の名で知られる
本多作左衛門重次の嫡男。
重次が陣中から家族に『一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな
馬肥やせ』
と送った手紙は有名だが、文中の「お仙」は幼名を
仙千代といった成重のことである。

丸岡城.013
丸岡城データ
●天守閣の高さ/12.6m ●石垣の高さ/6.0m
●城山の高さ/17.0m ●鯱の高さ/1.66m
●石瓦の重さ/約20~50kg(1枚)
●石瓦の枚数/約6000枚・重さ約120t

丸岡城歴代城主
 柴田 勝豊(かつとよ) 天正4年~天正10年(1576~1582)
 安井左近家清(さこんいえきよ)天正10年~天正11年(1582~1583)
 青山 修理亮(しゅりのすけ) 天正11~天正15年(1583~1587)
 青山 忠元(ただもと) 天正15年~慶長5年(1587~1600)
 今村 盛次(もりつぐ)慶長5年~慶長17年(1600~1612)
 本多 成重(なりしげ) 慶長17年~正保4年(1612~1647)
 本多 重能(しげよし) 正保4年~慶安2年(1647~1649)
 本多 重昭(しげあき) 慶安2年~延宝4年(1649~1676)
 本多 重益(しげます) 延宝4年~元禄8年(1676~1695)
 有馬 清純(きよすみ) 元禄8年~元禄15年(1695~1702) 
 有馬 一準(かずのり) 元禄15年~享保18年(1702~1733)
 有馬 孝純(たかすみ) 享保18年~寛延3年(1733~1750)
 有馬 允純(ますずみ) 寛延3年~安永元年(1750~1772)
 有馬 誉純(なずみ) 安永元年~天保元年(1772~1830)
 有馬 徳純(のりずみ) 天保元年~天保8年(1830~1837)
 有馬 温純(はるすみ) 天保8年~安政2年(1837~1855)
 有馬 道純(みちずみ) 安政2年~明治2年(1855~1869)
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました