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室生寺(むろうじ) 

宀一山 室生寺 (べんいちさん むろうじ)
女人高野と呼ばれる寺!
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真言宗室生寺派総本山 本尊は釈迦如来

奈良時代末期の宝亀年間(770~780)時の東宮・山部親王(のちの
桓武天皇)の病気平癒のため、室生の地において延寿の法を
修したところ、竜神の力で見事に回復したので、興福寺の僧・
賢(けんきょう)が朝廷の命でここに寺院を造ることになったという。
賢は延暦12年(793)没し、造営は弟子の修円に引き継がれた。
現存の堂塔のうち、この時期(9世紀前半)にまでさかのぼれるのは
五重塔のみであり、現在のような伽藍が整うまでには相当の年数を
要したものと思われる。
草創にかかわった2人の人物が興福寺の僧であった関係から、
長らく興福寺との関係が深かったが江戸時代の元禄11年(1698)、
興福寺の法相宗から独立して、真言宗となった。
また、女性の入山が許されたことから「女人高野」と呼ばれ、
室生寺の代名詞にもなっている。

murouji-gojyunoto.jpg 国宝 五重塔

五重塔は、その比類のない美しさで有名!
800年ごろの建立で木部を朱塗りとする。屋外にある五重塔としては
法隆寺の塔に次いで日本で二番目に古く、国宝・重要文化財指定の
木造五重塔で屋外にあるものとしては日本最小である。
高さは16m強、初重は一辺の長さ2.5mの小型の塔である。
通常の五重塔は初重から一番上の五重目に向けて屋根の出が
次第に小さくなるが、この党はあまり大きさが変わらない。
他に、屋根の出が深く、厚みがある。屋根勾配がゆるい。
小規模な塔の割に柱が太い等が特徴。これらは、石段の下から
塔を見上げた時の視覚効果を考えたものと思われる。
この五重塔は1998年9月22日、台風7号の強風で近くの杉の
大木が倒れ屋根を直撃、大被害を受けた。幸い、心柱等根幹部は
倒壊せずに残ったため1999年から2000年にかけて修復。
元の姿を取り返した。この際に、塔の部材を調べたところ、
794年ころに伐採したものと判明。また屋根は檜皮葺きではなく、
当初は板葺きであったことも分かった。

その他、本堂・金堂・十一面観音立像などが国宝となっている
のをはじめ、すぐれた建築物・仏像が数多くある。
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました