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高野山7(奥の院2) 

高野山7奥の院2)
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高野山に残る話を一つ・・・
延喜21年(921)10月27日、観賢(かんげん)僧正たちの尽力により
空海に「弘法大師」という諡号(しごう)が、寛平法王より下賜(かし)
されることとなり、勅使とともに御廟に詣でられました。
観賢僧正は廟窟(びょうくつ)を開いて、禅定に入っておられた大師の
尊容を拝します。すると、髪の毛は長く伸びきって、法衣はボロボロで
あった。そこで頭髪を剃って、下賜された檜皮(ひわだ)色の法衣に
更衣しました。と、ここまでは有名な話ですが、この話には続きがあります。

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勅使お付きの人夫が大師御廟参詣の後、帰ろうとすると、弘法大師
御廟橋まで送ってくれたという。不思議に思って観賢僧正に「どうして
大師は人夫の者までわざわざ送ってくださるのか?」と問うと、
観賢僧正は、「弘法大師は人の身分の上下でお送りしているのではなく
すべての人が持っている仏性(ぶっしょう)に対してお送りしています。
これは大師の御誓願で、未来永劫御廟へ参る者があれば、信心が
ある人も無い人も必ず橋の袂までお送りされる。特に一心に信心
するものは、必ずや願いをかなえ、諸仏の浄土にお送りすると・・・」
と答えられたという。今でも奥の院に参詣する人達は必ず橋を渡った後、
振り返って一礼します。

noukyou-kouyasan-okunoin.jpg  高野山奥の院納経
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました