admin≫

根来寺 

根来寺(ねごろじ)
新義真言宗総本山
真言宗中興の祖・興教大師覚鑁(こうぎょうだいしかくばん)が
大治5年(1130)に高野山中に真言教学研鑽のための
伝法院を建てたことに由来する。

negoro-1.jpg
鳥羽上皇の外護を受けた覚鑁は、大伝法院を建てるとともに、
荘園を下賜されたが、覚鑁の名声があがるにつれ金剛峯寺の
衆徒と対立し、保延6年(1140)根来に移り康治2年(1143)に
この地でその生涯を閉じた。

negoro-daihaku1.jpg
正応元年(1288)頼瑜(らいゆ)僧正が、高野山から大伝法院を
現在地に移し、新義真言宗の宗門を樹立、根来寺の基礎が固められた。
以後、新義真言教学の中心地として発展し、山内寺院は2700以上、
寺領72万石の規模を持ち、全国から学問を志す僧侶が集まったという。
また、僧兵は勇猛を誇り、1万人を超え鉄砲隊を有するほどの勢力になった。
しかし、天正13年(1585)の秀吉の紀州攻めに敗れ、大伝法院の一角と
一部の堂塔を残して焼失してしまう。

negoro-daito1.jpg (国宝大塔)
真言密教の教義を形の上で示したもの。
明応5年(1496)に建立され、日本最大の木造多宝塔で、明治32年に
国宝に指定された。秀吉の紀州攻めの焼き打ちから残ったものだが
その頃の戦乱の弾痕がはっきりと見られる。
高さ40m・横幅15m

negoro-daisido1.jpg
大師堂も天正の兵火から残ったもので、創建は大塔と同時代で、
室町時代の代表的様式を伝える。
内部の須弥壇と併せて重要文化財に指定されている。
スポンサーサイト


この記事へのコメント

この記事へコメントする














(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました