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第十二番札所 摩盧山 焼山寺 

摩盧山 焼山寺(まろざん しょうさんじ)
●本尊/虚空蔵菩薩
●真言/
のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃまり ぼり そわか


12焼山寺-山門26
●宗派/高野山真言宗 ●開基/役行者子角
徳島県名西郡神山町下分字地中318
十一番札所から車道約40km。約1時間30分~2時間
歩き道(山中を歩く)約11km約6~8時間

標高938mの焼山寺山の8合目に位置するこの寺は、
昔から「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」といわれ、
遍路道の中で一番の難所であった。
車で巡礼できるようになった現在でも、難所の一つと言える。
12焼山寺-布袋26
初めてここへ来たとき(もう30年も前のこと、もちろん車だが)
登るときは道を間違えたのかと思うくらい遠く、山を下るときは、
なかなか大きい道が見えず、本当に大変な所という印象だった。
今は駐車場も広くなり、境内までの参道にはたくさんの石仏が
出迎えてくれる。
12焼山寺-本堂26
もともとは役行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)が山を開き
蔵王権現を祀り、庵を結んだのが始まりと言われている。
12焼山寺-大師堂26
弘法大師がこの地へ修行に訪れ仏法鎮護の道場にしようと
山に上ったところ、山の主という大蛇が山を火の海にし、
大師の邪魔をしようとした。そのとき虚空蔵菩薩が現れ、
その力を借りて大蛇を封じ込めたという。
大師は本尊の虚空蔵菩薩を刻み、焼け山の寺と名付けたという。
12焼山寺-鐘楼26
焼山寺の鐘物語
寺の鐘は、慶安二年(1649)蜂須賀公二代藩主が寄進したもの。
その時蜂須賀公は二つの鐘を造り、一つをここに、もう一つを
徳島市内に寄進されたそうだ。
焼山寺の鐘は徳島市内まで届くほどだったが、もう一つの鐘は
よい音も出さず、公は人を使わして「鐘を替えたい」と申し出たが
鐘は「いな~ん!いな~ん!」と鳴って果たされなかったという。
昭和16年、戦争中に供出の命が下り山麓まで運ばれ
馬車に運んだが、馬俄かに腹痛を訴えもだえ苦しんだ。
馬子は遂に鐘を運ぶことを断念したという。
戦争が終わり、文化財として県の指定を受け、別の場所に保存し
今は二代目の鐘が鳴り響いている。

noukyou-12-n.jpg
十二番札所の納経

☆一口メモ/三面大黒天        
12焼山寺-三面大黒26
弘法大師作のもので、中央に大黒天、右面に毘沙門天、
左面に弁財天の像を彫ったもの。 
「除災招福」の神として深い信仰を集めている。          
本堂に向かって左側の三面大黒天堂に安置されている。

12焼山寺-杉・不動26
杉の巨木      
幹の樹周5m前後の巨木は天然記念物に指定されている。
約150~160本余りあるといわれ、焼山寺のシンボルとなっている。
         
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました