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現存12天守(その6) 松江城 

松江城(まつえじょう)
別名・千鳥城 
中国地方の県庁所在地に所在する唯一の現存天守
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松江市街の北部にに位置し、南に流れる大橋川を外堀とする
輪郭連郭複合式平山城である。現存12天守の一つで、
天守閣の平面規模では2番目、高さでは3番目、古さでは
6番目である。昭和10年に国宝に指定されたが、昭和25年の
文化財保護法の制定により「重要文化財」と改称された。
慶長十六年(1611)出雲の領主・堀尾吉晴が5年の歳月をかけて完成した。

天守閣は、附櫓(つけやぐら)を加えた複合天守で、高さ30m、
外観5層、内部は6階となっており、最上階は望楼式で、
下見板張りの壁や狭間、石落としなど実践本意で安定感のある
無骨な体裁に、桃山様式の荘厳雄大な姿を伝えている。

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●地階と井戸
 地階(穴蔵の間)は、籠城用生活物資の貯蔵倉庫。
 中央に、深さ24mの井戸がある。北方の池の底とほぼ同底といわれ
 常時飲料水が得られたという。
●桐の階段
 板の厚さ10cm、階段幅1.6m。1階から4階の各界の間に設けてある。
 階段を引き上げたり、防火防腐のために桐を使ったもので、
 他の城では見られない特殊なものである。
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●寄木柱
 柱は肥え松の一本の柱の外側に、板を揃えて寄せあわせ、
 これを金輪で締めて太い柱が作られている。
 この寄木柱の方が、普通の柱より力学的に強く、
 吉晴の苦心の作である。

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明治の初め、全国の城はほとんど壊されたが、松江城の天守は
地元の豪農勝部本右衛門、旧藩士高城権八ら有志の奔走によって
山陰で唯一保存され、松江のシンボルとして親しまれている。

櫓3棟復元
かつて二の丸には、御門・東の櫓・太鼓櫓・中櫓・南櫓・御月見櫓があった。
このうち、太鼓櫓と中櫓・南櫓の3基の櫓は、平成13年に復元。

城主は堀尾忠晴、京極忠高の後、徳川家康の孫にあたる
松平直政が信州松本から移封され、以来、松平氏10代
234年間にわたって出雲国を領した。
(松平直政は徳川家康の子、結城秀康の三男。
慶長19年、大坂冬の陣玉造門の攻防戦に14歳で初陣。
敵将真田幸村はその武勇を讃え軍扇を投じたという)
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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
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四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました