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第八十五番札所 五剣山 八栗寺 

五剣山 八栗寺(ごけんざん やくりじ)
●本尊/聖観世音菩薩
●真言/おん あろりきや そわか


85八栗寺-山門25
●宗派/真言宗大覚寺派 ●開基/弘法大師
香川県高松市牟礼町牟礼3416
八十四番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場400台(無料)ケーブル登山口前
(八栗ケーブル/大人往復900円・片道4分)

可愛い流線型のケーブルカー4分で山上駅に着く。
(遍路道を登ると約30分かかる)
85八栗寺-2ケーブル26
八栗寺本坊の前を左に行くと細長い境内が開かれ
多宝塔、大師堂、本堂、聖天堂等の堂塔が並ぶ。
85八栗寺-本堂26
本堂背後のゴツゴツした山が五剣山。
かつて五剣山は文字通り尖った五つの峰からなっていたが、
宝永4年(1707)の大地震で東の峰が中腹から崩れ落ち、
現在は四つの峰からなる。
85八栗寺-山25
八栗寺は弘法大師の開基とされる。寺伝によると、青年時代、
この地を訪れた大師が求聞持法を修した時、天から五本の剣が
降ってくるとともに蔵王権現のご神託があったという。大師は
五剣を岩穴に埋め、蔵王権現像を刻んで山の鎮護としたので、
五剣山という山号がついたという。
85八栗寺-大師堂26
延暦23年(804)、大師が入唐前にこの山に登り、仏殿を造営した。
同時に、千手観音像を刻んで安置し、八つの栗を土中に埋めて
旅の無事を祈願した。
85八栗寺-大師像25
帰国後、八つの栗が無事に成長していたことから、寺名を
八栗寺と改めたと伝えられる。
85八栗寺-鳥居25
山岳修験の場として栄えたが、天正の兵火により焼失。
文禄年間(1592~1599)に無辺上人が再建。弘法大師作の
千手観音像を聖観自在菩薩像に替えて安置した。
85八栗寺-地蔵26
江戸時代には藩主松平家が諸堂を再建し、松平家の祈願寺とした。
そのため、屋根には葵の紋が入っている。

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八十五番札所の納経

☆一口メモ/聖天堂
85八栗寺-歓喜天26
「八栗の聖天さん」とも呼ばれ、
札所でも珍しい歓喜天霊場としても知られている。
本尊は象頭人身の男女の神が抱き合った姿をしていて
高さ15cmの黄金の像で50年に一度しか開帳しない秘仏。
商売繁盛、夫婦円満にご利益があるといわれている。

多宝塔
85八栗寺-多宝塔26
昭和59年に建立された総檜造の多宝塔。
内部には金剛界大日如来が安置されている。

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第八十四番札所 南面山 屋島寺 

南面山 屋島寺(なんめんざん やしまじ)
●本尊/十一面千手観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく


84屋島寺-新門25
●宗派/真言宗御室派 ●開基/鑑真和上
香川県高松市屋島東町1808
八十三番札所から約17km 徒歩約4時間
駐車場400台(屋島ドライブウェイ通行料610円)山上駐車場

源平の合戦で有名な景勝地・屋島。
寺はその山頂にあり、瀬戸内海の風光をめでながら向かう。
84屋島寺-全景26
日本に仏法の戒律を伝えるために来日した唐の名僧
鑑真(がんじん)和上が天平勝宝5年(753)、屋島北嶺に
仏像やお経を納めて開基したのが寺の始まり。
堂宇を建てた弟子の恵雲律師が初代住職となる。
84屋島寺-本堂26
後に弘法大師が、北嶺にあった寺を現在の南嶺に移し
伽藍を造営して、第84番礼場と定めた。
84屋島寺-大師堂26
境内には、鎌倉時代後期に建てられた本堂(重要文化財)
をはじめ、大師堂、三体堂、熊野権現社、蓑山大明神などの
諸堂が並んでいる。
84屋島寺-熊野権現26
本尊の十一面千手観世音菩薩は10世紀頃、
藤原時代初期の作といわれ、全身に漆を塗って金箔をおいた
カヤの一本造りで国の重要文化財に指定されている。
また、源平合戦にゆかりの伝説等も多く観光客でにぎわっている。
84屋島寺-1山門25


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八十四番札所の納経

☆一口メモ/蓑山(みのやま)大明神
84屋島寺-タヌキ26
アニメ「平成狸合戦ぽんぽこ」にも登場した、
日本三大タヌキの一つ「」を祀っている。
太三郎狸は四国狸の総大将で、屋島に異変のあるときは
直前に屋島寺住職に知らせたという。
縁結び・夫婦円満・子宝・水商売の神として信仰を集める。

瑠璃宝の池(血の池)
84屋島寺-池25
屋島寺草創の時、弘法大師が「遍照金剛、三密行所、当都
率天、内院管門」と書き、宝珠とともにおさめ周囲を池とした。
ところが竜神が宝珠を奪いに来ると伝えられ、瑠璃宝の池の
名があります。
また源平合戦のとき武士たちが血刀を洗ったため、池の水が
赤くなり血の池とも呼ばれるようになった。

第八十三番札所 神毫山 一宮寺 

神毫山 一宮寺(しんごうざん いちのみやじ)
●本尊/聖観世音菩薩
●真言/おん あろりきゃ そわか


83一宮寺-山門26
●宗派/真言宗御室派 ●開基/義淵(ぎえん)僧正
香川県高松市一宮町607
八十二番札所から約15km 徒歩約4時間
駐車場60台(無料)西門前

高松市郊外の田園地帯にある。
田村神社の鳥居と向かい合わせにある仁王門をくぐると
クスノキの大木に下に、こじんまりとした本堂がある。
83一宮寺-本堂26
寺の歴史は古く、大宝年間(701~704)に義淵僧正が開基した。
当初は「大宝院」と称した法相宗の寺だった。
諸国に一宮が建立された時、行基によって堂宇を修築。
讃岐国一宮・田村神社の別当時となり、寺号を「一宮寺」と改めた。
83一宮寺-田村神社26
大同年間(806~810)には、弘法大師が聖観世音菩薩を刻み、
本尊として安置。宗派も真言宗に改められたという。
83一宮寺-大師堂26
天正年間に兵火により焼失。延宝7年(1679)には
高松藩主が田村神社と神仏分離させ、独立寺となった。
本堂は元禄14年(1701)に松平家により再興された。
83一宮寺-布袋26
境内は田村神社と隣接している。

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八十三番札所の納経

☆一口メモ/地獄の釜
83一宮寺-地獄26
本堂手前の左側には石の祠(薬師堂)がある。
ここに頭を突っ込むとゴーっという地獄の釜の音が聞こえるという。
ただし、邪悪な心の持ち主が頭を突っ込むと、石の扉が閉まり
頭が抜けなくなるという言い伝えがある。
心当たりがある人はご注意を・・・。

一宮御陵
83一宮寺-墓26
本堂手前、桜の木陰に3基の石の宝塔が建つ。
宝治元年(1247)の銘があり、隣接する田村神社の祭神である
孝霊天皇、百襲姫命(ももそひめのみこと)、五十狭芹彦命
(いそさせりひこのみこと)の供養塔といわれている。
神仏分離の時に、田村神社から移されたものと思われる。
※孝霊天皇は、百襲姫命・五十狭芹彦命の父君にあたる。


第八十二番札所 青峰山 根香寺 

青峰山 根香寺(あおみねざん ねごろじ)
●本尊/千手観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく



82根香寺-山門26
●宗派/天台宗単立 ●開基/弘法大師・智証大師
香川県高松市中山町1509
八十一番札所から約8km 徒歩約2時間
駐車場20台(無料)山門前

五色台の青峰山中にあり、深い緑に包まれている。
杉木立の中にある山門をくぐると、一旦石段を下り、
木々に包まれた参道を通り、石段を上っていくと境内。
82根香寺-参道26
庭越しに本堂が見えてくる。
参道沿いや境内には楓の木が多く、そのシーズンには
全山が赤く染まって素晴しい!
82根香寺-本堂26
弘法大師が入唐前に五色台を訪れた時、五つの峰に
金剛曼荼羅の五智如来を感得され、五大明王を祀ったという。
82根香寺-大師堂26
その後、弘法大師の甥の智証大師がこの寺を訪れ、
山の鎮守である市ノ瀬明神のお告げにより、
千手観世音菩薩を刻みこれを本尊とした。
82根香寺-悲願26
弘法大師が開いた花蔵院と智証大師が開いた千手院
この二つをまとめて「根香寺」と号したという。
82根香寺-地蔵26
天正年間に兵火によって焼失。江戸期に高松藩主により再建された。
本尊の千手観音像は重要文化財に指定されており、
33年に一度開帳される秘仏。
前回は平成15年に開帳されたので、次は平成48年の予定。

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八十二番札所の納経

☆一口メモ/牛鬼伝説
82根香寺-牛鬼26
400年前、この山に「牛鬼」という怪獣?が出現し人畜を害した。
困った人々は山田蔵人高清という弓の名手に退治を頼み、
高清は、この寺の千手観音に願をかけ、牛鬼を退治したという。
門前にその像が立っているが、怖くもあり、どことなく
ユーモラスな姿でもある。

五大明王堂 
82根香寺-五大明王26
弘法大師の開基にちなむ五大明王木像を安置している。
中央にある不動明王像は、寄木造り玉眼入り古色染めで
南北朝時代の作。これを取り囲む四明王は鎌倉時代の作。
いずれも県の重要文化財に指定されている。

/白猴欅(はっこうけやき)
82根香寺-欅26
智証大師がこの寺を開基の時、この樹に山王権現が現れ
また白い猿が下りてきて大師を守護し、助けたという。
樹齢約1600年・樹の周囲約7mの大木だったが、昭和50年
ごろ枯れてしまった。平成3年に保存のため根を切り、屋根を
付けて、生えていたとおりの位置に据えている。


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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました