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第七十七番札所 桑多山 道隆寺 

桑多山 道隆寺(そうたざん どうりゅうじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


77道隆寺-山門26
●宗派/真言宗醍醐派 ●開基/和気道隆
香川県仲多度郡多度津町北鴨1-3-30
七十六番札所から約4.5km 徒歩約1時間
駐車場30台(無料)山門前

縁起では天平勝宝年間(749~757)に、この地の豪族・和気道隆が
自分の荘園内に建てたといわれる。
77道隆寺-本堂26
この一帯は桑畑であったという。
その桑畑に5m四方にも繁る桑の大木があり、夜ごと怪しい光を
放っていた。
道隆が光に向かって矢を射ると乳母に当たって亡くなってしまう。
供養のために、その桑の木で薬師如来を刻み堂を建て安置。
それがこの寺の始まりとされる。
77道隆寺-開祖25
その後、道隆の子孫の朝祐(ちょうゆう)法師が七堂伽藍を建て、
寺号を道隆寺としたという。
77道隆寺-多宝塔26
朝祐は、弘法大師から受戒したといわれており、大師自ら
薬師如来像を刻み、道隆の彫った薬師如来を胎内に納め本尊とし、
札所に定めたという。この本尊は、「腹ごもり薬師」「二体薬師」
とも呼ばれ、50年に一度開帳される。
77道隆寺-稲荷26
かつては広大な寺域を誇ったというが、幾多の戦禍に遭い、
現在の堂宇は江戸時代に再建されたもの。
仁王門も仁王像も四国霊場で最大級といわれている。
77道隆寺-大師堂26
大師堂は、寛永7年(1630)の建立とされ、大師堂の前には
遍路の始祖といわれる衛門三郎が大師の前にひざまずき、
自分の悪行を悔い改めている像がある。
77道隆寺-大師像26


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七十七番札所の納経

☆一口メモ/潜徳院殿堂
77道隆寺-目26
左手奥にある潜徳院殿堂御廟は、眼病の名医だった
御典医・京極左馬造の廟所で、左馬造は盲目だったが
薬師如来の霊験で視力を回復し、御典医として活躍したという。
堂内には年の数だけ「め」の文字を書き込んだ、
眼病平癒の祈願札が、びっしり奉納されている。

愚痴聞き地蔵
77道隆寺-地蔵26
愚痴を聞いてくれる可愛いお地蔵さん。
片方の手は耳に、もう一方の手は讃岐らしくうどんを持っている。

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第七十六番札所 鶏足山 金倉寺 

鶏足山 金倉寺(けいそくざん こんぞうじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


fudasyo-76-sanmon-n.jpg
●宗派/天台寺門宗 ●開基/和気道善
香川県善通寺市金蔵寺町1160
七十五番札所から約4km 徒歩約1時間
駐車場50台(200円)境内入り口

園城寺を本山とする天台寺門宗の別格本山。
76金倉寺-本堂25
天台(延暦寺)5代座主で、天台寺門宗の開祖である
智証大師(ちしょうだいし)の誕生地として知られる。
(智証大師は弘法大師の甥にあたる)
76金倉寺-大師堂26
宝亀5年(774)に、智証大師の祖父で、この地の豪族
和気道善(わけのどうぜん)が建立。当初は道善寺と証していた。
その後、唐から帰ってきた智証大師が、先祖の菩提を弔うため
唐の青龍寺を模して伽藍を造営し、薬師如来を刻んで安置。
76金倉寺-観音堂26
延長6年(928)醍醐天皇の勅命により金倉寺と改名したという。
本尊の薬師如来は秘仏だが、正月三が日のみ開帳される。
この寺も、度重なる兵火により焼失し、現在の本堂は
昭和に入ってから改築されたもの。
76金倉寺-玉25
本堂には所願成就の巨大な「願供養念珠」があり、参拝者が
大きな数珠を引くと、数珠が回り、上に上がった数珠が落下する。
その時に下方の数珠に当たって「パチ、パチ」と音がはじける。
また境内のあちこちに可愛らしい七福神の姿も見られる。
明治の後期には乃木希典(のぎまれすけ)がこの寺で寓居した。
今でも寺には乃木将軍愛用の品々が残されている。
76金倉寺-松25
境内には「乃木希典妻返しの松」がある。
乃木が当地に赴任した年の暮れに、静子夫人が訪ねて来たが、
乃木は自ら妻と会うことを許さず、帰郷を命じたという。
夫人が思案にくれて佇んでいたところにあった松がこの松。
現在の松は二代目という。

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七十六番札所の納経

☆一口メモ/訶梨帝堂(かりていどう)
76金倉寺-鬼子母神26
本堂のすぐ横にあり訶梨帝母尊を祀っている。
訶梨帝母尊(かりていもそん)とは鬼子母神のこと。
智証大師が5歳の時、訶梨帝母尊が現れ、
「仏門に入るなら、ずっと護ってやる」と伝えたという。

讃岐の五大師
76金倉寺-額26
大師の称号を得るということは僧にとって最高の名誉。
大師堂にはその中の二人の像が安置されている。
(智証大師と弘法大師)
他の三人は、道興、法光、理源の各大師を言う。        

第七十五番札所 五岳山 善通寺 

五岳山 善通寺(ごがくざん ぜんつうじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


75善通寺-山門25
●宗派/真言宗善通寺派総本山 ●開基/弘法大師
香川県善通寺市善通寺町3-3-1
七十四番札所から約1.5km 徒歩約30分
駐車場200台(200円)境内入り口

善通寺は弘法大師のご誕生の地として知られる。
真言宗善通寺派の総本山でもあり、高野山金剛峰寺、
京都東寺と並ぶ、弘法大師三大霊場の一つに数えられる。
75善通寺-本堂26
その広大な境内は、4万5000平方メートルにも及び、
金堂と呼ばれる本堂をはじめ五重塔、常行堂、三帝御廟などがあり
東に赤門、西に中門、南に大門のそれぞれから入れるようになっている
75善通寺-中門26
東院と、御影堂(みえどう)と呼ばれる大師堂がある西院に別れている。
(西院は誕生院とも呼ばれ、大師個人にまつわるところ)
75善通寺-大木26-2
唐から帰った大師が、父・佐伯善通の寄進した四町四方の地に、
唐の青龍寺を模した寺を6年がかりで建てたと伝わっている。
75善通寺-大師堂26
大師は本尊として薬師如来を刻んだが、現在金堂には運長作の
薬師如来が安置されており、大師作のものは胎内仏として祀られている。
また、ここ善通寺には国宝をはじめ寺宝が数多くある。

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七十五番札所の納経

☆一口メモ/五重塔・大楠
75善通寺-五重塔26
五重塔は山門(南大門)と金堂の間に位置し、高さ45.5mの
総欅(けやき)造。焼失や倒壊の度に再建され、現在の塔は
大師の入定(にゅうじょう)1050年のご遠忌の年、明治17年に
完成した。また、塔の前には樹高30mの大楠の枝が広がる。
この大楠はお大師さんと共に育ったと伝えられる。
75善通寺-大木26

御影の池
75善通寺-池25
御影堂の正面にある小さな池。
弘法大師が唐に留学するため京より帰宅した時、名残を惜しむ母・
玉寄御前に送る為に自分の姿をこの池に映して自画像を描いたという。

戒壇めぐり      
御影堂の地下にある約100mの通路。
前を歩く人も見えない真っ暗闇の空間を壁づたいに歩いていく。
「悪行のある人は出られない」と言われているが、
大師を慕いながら歩けば、いずれ大師が明るい灯を
灯してくれるという。宝物館拝観と合わせて500円。

第七十四番札所 医王山 甲山寺 

医王山 甲山寺(いおうざん こうやまじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


74甲山寺-新門26
●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/弘法大師
香川県善通寺市弘田町1765
73番札所から約2.5km 徒歩約40分
駐車場30台(無料)境内入り口

小高い甲山(かぶとやま)の麓にある甲山寺
この辺りは弘法大師の故郷で、幼少のころよく遊んでいた所だという。
74甲山寺-本堂26
曼荼羅寺と善通寺の間に寺を建てる霊地を探していた大師が、
一人の翁のお告げに従い、毘沙門天を石に刻んで洞窟に祀ったのが
甲山寺の始まりと伝えられる。
74甲山寺-大師堂26
その後、決壊した満濃池の修復工事を朝廷から任された大師は、
工事を指揮し、わずか3ヶ月で完成させたと伝えられている。
74甲山寺-旧門26
その功労金で甲山に堂宇を建立、本尊の薬師如来を安置したという。
74甲山寺-鐘楼26
山の形が毘沙門天の甲冑の形に似ているので、寺号を
甲山寺とし、札所に定めたといわれている。

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七十四番札所の納経

☆一口メモ/岩窟の毘沙門天
74甲山寺-毘沙門26
甲山寺の縁起となった毘沙門天を安置している岩窟。大師堂の
隣にあり、翁がこの岩窟から現れて、お告げを告げたといわれている。
数年前に周囲を改修し、境内に入るとよくわかるようになった。

満濃池
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弘法大師が治水工事を行った溜め池。
周囲19.7km、貯水量1540万tにも及ぶ四国最大級の溜め池。
水不足に悩む讃岐には溜め池が多く、大小1万4600ものため池が
あるという。



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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました