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第五十三番札所 須賀山 円明寺 

須賀山 円明寺(すがさん えんみょうじ)
●本尊/阿弥陀如来
●真言/おん あみりた ていせい からうん


53円明寺-山門26
●宗派/真言宗智山派 ●開基/行基
愛媛県松山市和気町1-182
五十二番札所から約2.5km 徒歩約30分
駐車場10台(無料)山門前

寺伝では、天平勝宝元年(749)聖武天皇の勅願を受けた行基が
阿弥陀如来像を刻んで本尊としたのが始まりとされる。
当時は西山という海岸にあり、海岸山円明密寺と称した。
53円明寺-本堂26
その後、弘法大師がこの地を訪れ四国霊場五十三番札所としたが
鎌倉時代には度重なる兵火によって焼失。
53円明寺-閻魔堂26
寛永10年(1633)に、この地の豪族・須賀重久により現在の地に
再建されたため須賀山と号したと伝えられている
53円明寺-大師堂26
また、この寺には四国霊場最古といわれる銅製の納め札がある。
四国巡拝中の米国の学者・スタール博士が発見した物で、
「四国仲遍路同行二人 今月今日平人家次」とあり
慶安3年(1650)のものといわれている。
53円明寺-観音堂25



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五十三番札所の納経

☆一口メモ/中門
53円明寺-中門26
周辺には民家が立ち並び、境内は広くはないが、仁王門を
くぐると本堂・大師堂などが整然と並ぶ。その中でも境内の
中央にある二層の中門は凛とした美しさがある。

キリシタン灯篭
53円明寺-キリシタン26
寛永年間に建立されたといわれ、山門をくぐって左手にある。
その形状は(分かりにくいが)十字架のようになっている。
またマリア様らしき女性の姿も刻まれている。
キリシタン禁制の時代に、寺では信者の礼拝を黙認して
いたと思われる。

龍の彫り物
本堂には長さ4mはあろうかという巨大な龍の彫り物がある。
今にも動き出しそうな躍動感に満ちた龍は、一説には
あの有名な「左甚五郎」の作といわれている。

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第五十二番札所 瀧雲山 太山寺 

瀧雲山 太山寺(りゅううんざん たいさんじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


52大山寺-ニノ門6
●宗派/真言宗智山派 ●開基/真野長者
愛媛県松山市太山寺町1730
五十一番札所から約13km 徒歩約3時間30分
駐車場50台(無料)納経所下
平日は本堂下の駐車場まで行けるが、急な坂道で狭い。

「一の門」から入り進むと、国の重要文化財に指定されている
「二の門」である仁王門が見えてくる。
52大山寺-三の門
ここからから「三の門」である山門まで約600m近くもある。
納経所のすぐ下にある駐車場から樹木に覆われた参道
(坂道)を歩く。
坂道はたいへんだが、この参道の風情が美しく、どこかしら
懐かしくもある。
52大山寺-地蔵6
仁王門とともに本尊の十一面観世音菩薩も国の重要文化財。
そして本堂は国宝。嘉元3年(1305)河野家によって再建。
この本堂は四国霊場の中でも二番目に古いといわれている。
その堂々とした構えからは、威厳のようなものが感じられる。
52大山寺-本堂6
この寺の創健者は、豊後の国の真野(まの)長者。
用明2年(586)長者が大阪に向かう途中に松山沖で暴風雨に
襲われた時、十一面観世音菩薩に祈って難を逃れたという。
このことに感謝し、お礼として自国で木組みをした建材を運び、
一夜にして寺を建立したと伝えられている。
52大山寺-大師堂6
天平11年(739)に聖武天皇の勅願により、行基が
十一面観世音菩薩を刻んで本尊として安置したという。
本堂には本尊の他に6体の十一面観音を祀るがすべて
国の重要文化財に指定されている。
弘法大師が訪れたのは天長年間(824~833)のこと。
その後、寺は荒廃したが、領主河野家によって再建。


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五十二番札所の納経

☆一口メモ/聖徳太子堂
52大山寺-聖徳太子25
境内の一角にある聖徳太子堂・夢殿には法隆寺の夢殿と同じ
聖徳太子像が祀られている。
聖徳太子の聡明さにあやかろうと、受験祈願などのお参りが
ひきもきらない。
1月15日の「太子祭」には県内外から、大勢の人が
「しゃもじ」を持って訪れ、幸せを「すくい上げていただく」という。

松山城
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石手寺から大山寺に向かう道沿いでは松山城が出迎えてくれる。
松山市の中心部・勝山山頂にあり、市内からならほぼどこからでも
見える松山市のシンボル。
日本三大平山城や日本三大連立式平山城に数えられる。
また日本に12ヵ所しか現存していない江戸時代以前に建立された
天守である「現存12天守」の一つでもある。
城内の21棟が、国の重要文化財に指定されている。

第五十一番札所 熊野山 石手寺 

熊野山 石手寺(くまのざん いしてじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


51石手寺-大師像26
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/行基
愛媛県松山市石手2-9-21
五十番札所から約3km 徒歩約50分
駐車場30台(500円)寺横
周りにもたくさん駐車場有。150円~300円
(こちらのほうが出入りがしやすい。)

四国霊場でも随一の寺宝・文化財を有する名刹。
石手寺は道後温泉に近く、お遍路さんだけでなく湯治客や
観光客でにぎわっている。
51石手寺-参道26
みやげ物や仏具、名物の「おやき」などを売る店が並んだ
屋根のある参道を抜けると、大きな仁王門が「大わらじ」
とともに迎えてくれる。この仁王門は文保2年(1318)に
河野通継が建造したもので、国宝に指定されている。
51石手寺-わらじ25
神亀5年(728)聖武天皇の勅願により建立。
本尊の薬師如来は行基が開眼。安養寺と名付けられ、法相宗に
属していたが、弘仁4年(813)に弘法大師が真言宗に改めた。
石手寺と称するようになるのはもう少し後のこと。
51石手寺-本堂26
この改称に当たっては伝説がある。
伊予の国の強欲な長者・衛門三郎は、托鉢をしていた弘法大師
心ないふるまいをし、追い払った。
その後、8人の子が次々と亡くなったことから改心。
大師の後を追って霊場巡礼を始めたが、大師に会えぬまま
21回目の巡礼の途中に、十二番札所焼山寺で力尽きて倒れた。
その枕元に大師が現れ、「衛門三郎」と書いた石を授けたところ
安心して息を引き取った。その後、この地方の領主・河野家に
嫡男が誕生したが、赤ん坊はなぜか手を開かない。安養寺に
願をかけたところ手が開き「衛門三郎」と記された石が出てきた。
その石は寺に納められ、この時より寺名は「石手寺」となった。
51石手寺-衛門三郎26
入り口に「悔い改める衛門三郎」の像がある。
(衛門三郎はお遍路の元祖と言われている。)
51石手寺-大師堂26
平安時代の末には七伽藍を備え、鎌倉時代の末には河野氏らにより
堂塔が再建された。現在の堂塔はいずれもこの時代のもの。
51石手寺-鬼子母神26
大師堂の隣にある訶梨亭母天堂には、子供を守る鬼子母神が
祀られており、子さずけや安産祈願に訪れる人も多い。
堂の前にある石を持ち帰ると子供がさずかるという。
またこの堂は、鎌倉時代の建立で重要文化財に指定されている。


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五十一番札所の納経

☆一口メモ/三重塔
51石手寺-2三重塔25
仁王門・本堂・鐘楼・護摩堂・梵鐘・石造り五輪塔など、国宝や
重要文化財が多いが、その中でも本瓦葺屋根の和様の建造物
である三重塔はひときわ目を引く。

弘法大師
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寺の裏山等にある「ミニ八十八ヶ所めぐり」の途中にある
ビッグな弘法大師像。山の頂上にあり下から見ても大きいが、
すぐ近くでみると本当に「でかい!」

道後温泉
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日本最古の温泉として有名な道後温泉が石手寺の近くにある。
本館は明治27年に建てられた木造三層楼の建物。
平成6年には国の重要文化財に指定された。

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました