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第五十番札所 東山 繁多寺 

東山 繁多寺(ひがしやま はんたじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


50繁多寺-山門26
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/行基
愛媛県松山市畑寺町32
四十九番札所から約1.6km 徒歩約30分
駐車場5台(無料)山門前

山門をくぐると静寂感いっぱいの境内が広がる。
松山市街はもとより瀬戸内海までが見渡せる高台にあり、
緑豊かな風情がいい。とりわけ春の桜、秋の紅葉は見逃せない。
50繁多寺-本堂26
寺伝によると、天平勝宝年間(749~757)に孝謙天皇の勅願により
行基が開基した寺で、本尊は行基が刻んだとされる薬師如来。
50繁多寺-大師堂26
弘仁年間(810~824)に弘法大師が四国霊場五十番札所に定め、
名前を東山繁多寺と改めた。その後寺は荒廃。
50繁多寺-お堂26
弘安2年(1279)元寇の退散祈願の勅願を受けて聞月上人が再興。
応永元年(1394)には後小松天皇の意向で、京都泉涌寺の
快翁和尚が第七世住職に就任。以来、この寺は高僧が住職に
なったことで知られる。
また、この寺は時宗の開祖である「一遍上人」の修業の道場
としても知られている。

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五十番札所の納経

☆一口メモ/歓喜天堂
50繁多寺-歓喜天26
江戸時代、名僧・龍湖が住職になり、徳川家の帰依を受ける
ことになり、寺は隆盛したという。
この時、徳川四代将軍家綱の念持仏だった歓喜天を祀った。
厄除けや商売繁盛、合格祈願等に多くの人が訪れる。

鐘つき堂の天井絵
50繁多寺-鐘楼26
再建された鐘つき堂の天井には、色彩豊かな天井絵が見られる。
中国の「二十四考」をモチーフに描かれたものだという。

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第四十九番札所 西林山 浄土寺 

西林山 浄土寺(さいりんざん じょうどじ)
●本尊/釈迦如来 
●真言/のうまく さんまんだ ぼだなん ばく


49浄土寺-山門26
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/恵明上人
愛媛県松山市鷹子町1198
四十八番札所から約3km 徒歩約1時間
駐車場13台(200円)山門すぐ下
(県道を挟んで大きい駐車場もある。
こちらのほうが出入りが楽。大型車はこちらへ)

天平勝宝年間(749~757)に孝謙天皇の勅願で、恵明上人が
行基作の釈迦如来を祀って創建したと伝えられている。
49浄土寺-本堂26
最盛期には多くの末寺をもつ大寺院だったが、弘法大師
訪れた時は荒廃していたという。
大師により伽藍等が、また鎌倉時代には源頼朝が伊予の豪族
河野通信(こうのみちのぶ)とともに再興したと伝えられる。
49浄土寺-大師堂26
応永4年(1397)兵火により堂宇のほとんどを焼失。
文明14年(1482)河野道宣(こうのみちのぶ)が再建した。
寄棟造りの本堂は、この時代の建物で国の重要文化財。
49浄土寺-お堂26
また、この寺には空也上人ゆかりの寺でもある。
空也上人は天徳年間(957~961)の3年間滞在したという。
上人はこの地を去るときに人々の願いをうけて自身の像を刻んだ。
49浄土寺-空也25
高さ130cmの寄木造りの木像で、やせて腰の曲がった身に
鹿の皮をまとい、念仏の「南無阿弥陀仏」が口から出ている姿で
重要文化財に指定されており、有名な六波羅蜜寺(京都)の像に
そっくりといわれている。

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四十九番札所の納経

☆一口メモ/仁王門
49浄土寺-あ像26
仁王門は大正11年に建立されたもの。
右側に立つ金剛力士像(阿形像)には目玉がないときがあった。
なぜ?「心ない人が盗んだ?」とも言われている。
現在は両目とも修理され、訪れる人々を見守っている。
49浄土寺-うん像26


第四十八番札所 清瀧山 西林寺 

清瀧山 西林寺(せいりゅうざん さいりんじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


48西林寺-山門26
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/行基
愛媛県松山市高井町1007
四十七番札所から約5km 徒歩約1時間20分
駐車場30台(志納)仁王門前

のどかな田園の中にある寺。
堂々とした趣の仁王門をくぐると正面に本堂がある。
罪深い人が境内に入ると無間地獄に落ちるとされる伊予の関所寺。
48西林寺-本堂25
天平13年(741)に、四国を旅していた行基が十一面観世音を刻み
現在より東北の地に安置したのが始まり。
その60数年後の大同2年(807)に、弘法大師がこの地に移し、
四国霊場の四十八番札所に定めた。
48西林寺-大師堂25
寛永年間の火災により焼失したが、その後次々と再建された。
48西林寺-鐘楼26
この寺にまつわる話が残っている。
それは、大師が干ばつに悩む人々を助けるため、杖で地面を
ついたところ水が湧き出て周囲の田畑を潤したという。
48西林寺-境内25
清水に恵まれた土地という意味から、清瀧山の山号がついたと
伝えられる。
寺の西南にある「杖の淵公園」は大師が見つけた水脈の一つと
いわれ、今なおきれいな水が涸れることなく湧き出していて
日本の名水百選にも選ばれている。

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四十八番札所の納経

☆一口メモ/仁王門
48西林寺-2山門26
この寺の境内は門前を流れる川の土手より低い位置にある。
そのため罪人が門をくぐると無間地獄に落ちるという。
天保14年(1843)に再建された仁王門前の川には石橋が
架かっており、左側には正岡子規の句碑
「秋風や高井のていれぎ三津の鯛」が建っている。
        
一願地蔵
48西林寺-地蔵26
木々に囲まれた風情満天の池があり、その上に鎮座されて
いるのが一願地蔵。
このお地蔵さんに祈願すると、一つだけ願いを叶えてくれるという。


第四十七番札所 熊野山 八坂寺 

熊野山 八坂寺(くまのざん やさかじ)
●本尊/阿弥陀如来
●真言/おん あみりた ていせい からうん


47八坂寺-山門26
●宗派/真言宗醍醐派 ●開基/役行者小角
愛媛県松山市浄瑠璃町八坂773
四十六番札所から約1km 徒歩約15分
駐車場15台(無料)境内横

小さな山門と一体になった朱塗りの橋を渡ると、まっすぐに
参道がのび、その上に鉄筋コンクリート造りの堂々として
すっきりと美しいたたずまいの本堂がある。
47八坂寺-本堂26
この寺の歴史は古く、役行者小角(えんのぎょうじゃおずぬ)
によって開基され、かつては修験道の道場として栄えていた。
47八坂寺-不動26
文武天皇の勅願により、伊予の国司・越智玉置が、大宝元年
(701)に創建した。
47八坂寺-鐘楼25
その時、伽藍を建立するために八つの坂を切り開いたため
八坂寺」の寺号が付けられたという。
47八坂寺-大師堂26
その後寺は荒廃するが、弘仁6年(815)に弘法大師が再興し、
四国霊場四十七番札所に定められた。
隆盛を極めた寺は修験道の根本道場として栄えたが、天正年間の
長宗我部の兵火により伽藍の多くを焼失。
47八坂寺-堂26
現在の堂宇はその後に再建されたもので、全盛期に比べると
その規模はかなり縮小されているという。

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四十七番札所の納経

☆一口メモ/閻魔堂        
47八坂寺-閻魔26
「極楽の途」「地獄の途」の二つのトンネル状になっていて
美しい浄土や、餓鬼道・畜生道等が描かれている。
    

本尊       
恵心僧都(えしんそうず)作といわれる寄木造りの阿弥陀如来像。
県の重要文化財にも指定されている。
この本尊は秘仏とされており開帳は50年に一度に限られている。
次回の開帳は2034年の予定。



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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました