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第三十六番札所 独鈷山 青龍寺 

独鈷山 青龍寺(どっこざん しょうりゅうじ)
●本尊/波切不動明王
●真言/のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ
      そはたや うん たらた かんまん


36青龍寺-山門25
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/弘法大師
高知県土佐市宇佐町竜163
三十五番札所から約15km 徒歩約4時間
駐車場20台(無料)門前

延暦23年(804)、唐に渡った弘法大師は、長安の青龍寺
恵果和尚に真言密教の奥義を授けられ、真言八祖になった。
帰国にあたって大師は、恵果和尚の恩に報いるために
日本にも青龍寺を建立したいと考えた。
36青龍寺-本堂25
そこで、「寺院の建立に最勝の地に留まりたまえ」と
唐から独鈷を東の空に投げたという。
帰国した大師が四国巡錫のおりに、ここの松の木に
掛かっているのを見つけた。
36青龍寺-明王25
そこで不動明王を刻み安置したのが青龍寺の始まり。
山号の独鈷山は、この寺伝による命名である。
36青龍寺-石段25
仁王門から本堂までは170段という急な石段が続く。
石段の途中にはお地蔵さんや、冷たそうな水が流れ落ちている
行場や、鮮やかな朱色の三重塔がある。
36青龍寺-滝25
境内には本堂、大師堂、薬師堂が一直線に並んでいる。
これは、唐の青龍寺を模しているという。
36青龍寺-大師堂25
余談だが、近くにある明徳義塾高校出身の元横綱「朝青龍」は
この厳しい坂で足腰を鍛えたという。
しこ名の「青龍」がこの寺号から取られたのは有名な話。

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三十六番札所の納経

☆一口メモ/三重塔
36青龍寺-五重塔26
石段の途中にある三重塔は、緑の木々の中にあり
鮮やかな朱がひときわ目を引く。

参道の石仏
36青龍寺-地蔵25
寺へ向かう参道には道しるべのように石仏がありお遍路さん
導いてくれる。



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第三十五番札所 医王山 清滝寺 

医王山 清滝寺(いおうざん きよたきじ)
●本尊/厄除薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


35清滝寺-山門26
●宗派/真言宗豊山 ●開基/行基
高知県土佐市高岡町丁568-1
三十四番札所から約12km 徒歩約3~4時間
駐車場30台(無料)境内

清滝山の中腹、標高150mにある境内までは「八丁坂」
と呼ばれる急坂の参道が続く。
35清滝寺-境内25
徒歩の場合かなり厳しい傾斜の石段を登らなければならない。
そこで「登る人の気持ちを和ませたい」と一丁(109m)ごとに
お地蔵さんが置かれ、お遍路さんを励ます?。
それが八丁あるからこう呼ばれるようになったという。
35清滝寺-本堂25
しかし、やっとの思いで辿り着いた境内からの眺めは絶景!
今は車で境内まで行けるようになっている。
(この道は狭く車の離合には苦労する。地元の人によると
暗黙の了解?で一方通行が決まっているらしい)
35清滝寺-風景26
寺伝によると、養老7年(723)に行基が薬師如来を刻み開基。
当初は景山密院釈木寺(けいざんみついんしゃくぼくじ)と称していた。
弘仁年間(810~824)、弘法大師が寺の北300mの山中で修行し、
満願の日に五穀豊穣を祈願。金剛杖で大地をつくと清水が湧き出し、
滝となったので寺号を「清滝寺」と改め霊場に定めたという。
35清滝寺-大師堂25
中世には多くの脇防を構え、江戸時代には藩主山内家の帰依も篤く、
寺領100石、七堂伽藍を備え栄えたという。
一時は衰退したが、現在では厄除けの寺として知られている。
境内の真ん中には巨大な薬師如来像が参拝者を出迎えてくれる。
車で遍路するとわからないが、本堂を背に竹林に囲まれた石段を
下ると堂々とした佇まいの仁王門に出会える。
35清滝寺-龍26
天井にはダイナミックな龍が描かれており、どこから見ても
龍の眼と視線が合う。

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三十五番札所の納経

☆一口メモ/厄除け薬師如来像
35清滝寺-薬師26
境内にある像高9m、台座から15mの巨大な薬師如来像は
胎内が「戒壇巡り」になっている。ご真言を唱えながら胎内
くぐりをすれば、厄除けにご利益があるとされる。
大人が一人通れるくらいの狭い階段(108段)を下りていくと
後は真っ暗闇の中を手探りで進んでいく。ちょっと怖いかも?

第三十四番札所 本尾山 種間寺 

本尾山 種間寺(もとおざん たねまじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


34種間寺-お迎え26
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/弘法大師
高知県吾川郡春野町秋山72
三十三番札所から約8km 徒歩約2時間
駐車場15台(無料)トイレ横

この寺の創建は古く6世紀後半にさかのぼる。
34種間寺-本堂26
百済から大阪四天王寺建立のため招かれていた仏師たちが
帰国の途についたところ、土佐沖で暴風雨に襲われた。そこで
この地にほど近い場所に寄港して避難。一行は航海の安全を
祈願し、薬師如来像を刻んで安置したのが寺の始まりとされる。
その後、一行は無事に帰国したという。
34種間寺-鐘
後に当地を訪れた弘法大師が、この薬師如来を本尊として開創し、
霊場となったという。寺号は、弘法大師が唐から持ち帰った五穀
(米・麦・粟・黍・豆)の種をまいたことに由来する。
その後も、土佐藩主山内家からも信仰を集め栄えたという。
34種間寺-大師堂26
明治初頭の廃仏毀釈で廃寺となったが、明治13年に再興された。
国宝にも指定されている、百済の仏師が彫ったとされる
薬師如来は、旧暦の1月20日に一般にも公開される。
34種間寺-地蔵
境内には小さな地蔵が立ち並び、そろってきれいな前垂や
帽子をかぶっている。衣装持ち?のお地蔵さんに癒される。


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三十四番札所の納経

一口メモ/安産の薬師さん
34種間寺-子安26
薬師如来は昔から安産にご利益があるといわれている。
この寺も然りで、本堂そばには子育て観音がまつられている。
その周りには底の抜けた「ひしゃく」が奉納されている。
底が抜けているのは「底を抜いて通りをよくする」というわけ。

しだれ赤松
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流れるような枝の広がりが優雅な印象の松は、樹齢230年を
超えているといわれる。元は鹿児島にあり、その後福岡の老舗
松専門業者の看板松だったが、平成19年にこの地に移植された。



第三十三番札所 高福山 雪蹊寺 

高福山 雪蹊寺(こうふくざん せっけいじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


33雪蹊寺-門
●宗派/臨済宗妙心寺派 ●開基/弘法大師
高知県高知市長浜857-3
三十二番札所から約11km 徒歩約3時間
駐車場20台(無料)門前

四国霊場の中には2ヵ寺だけ禅宗の寺がある。
その一つがこの雪蹊寺だ。(もう一つは十一番札所 藤井寺)
延暦年間(780~806)弘法大師により開基された。
当初は真言宗の高福寺と言っていたが、仏師運慶親子が、
本尊の薬師如来と脇侍の日光・月光菩薩等を刻んで安置。
慶運寺と改称された。
33雪蹊寺-本堂26
その後寺は荒廃するが、永禄年間に月峰(げっぽう)和尚が再興。
長宗我部家の菩提寺となる。
この時、長宗我部元親の宗派にならって臨済宗に改宗。
寺号も、元親の法号にちなんで雪蹊寺となった。
33雪蹊寺-大師堂26
明治に入り廃寺の危機に見舞われるが、明治17年に
名僧として知られる山本太玄の努力で再興。
その弟子の玄峰も名僧といわれる。
33雪蹊寺-観音
威風堂々とした本堂は2004年に改築されたもの。
禅宗のお寺のつくりなので、他の札所とは雰囲気が異なる。
33雪蹊寺-鐘楼


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三十三番札所の納経

☆一口メモ/太玄塔
33雪蹊寺-太玄
名僧として名高い山本太玄和尚は、四国遍路の途中
雪蹊寺で生き倒れになった玄峯を助けた、それが
きっかけで弟子になった玄峯は、後にこの寺の住職になり
師匠である太玄和尚を讃えて、太玄塔を建立した。
33雪蹊寺-玄峰

本尊の薬師如来
有名な仏師、運慶晩年の作といわれる薬師如来や
日光・月光菩薩像は、ともに鎌倉時代の名品といわれ
国の重要文化財に指定されている。
この寺は、この本尊等をはじめ「鎌倉仏像の宝庫」と
いわれるほど名品が多く、宝物殿に納められている。

第三十二番札所 八葉山 禅師峰寺 

八葉山 禅師峰寺(はちようざん ぜんじぶじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


32禅師峰寺-山門25
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/行基
高知県南国市十市3084
三十一番札所から約8km 徒歩約2時間30分
駐車場20台(無料)門前

寺伝によると神亀年間(724~729)に聖武天皇の勅願により
行基が建立したといわれている。
32禅師峰寺-本堂26
大同2年(807)弘法大師が求聞持(ぐもんじ)の修法をし、
海上安全を祈願して、十一面観音を刻んで本尊とした。
江戸時代、参勤交代で藩主が江戸に向かう際には、必ずこの寺に
海路の安全を祈ったといわれ、船魂(ふなだま)観音」として、
漁師や船乗りたちの信仰を集めている。
32禅師峰寺-十一面観音25
駐車場では優しいお顔の十一面観音像が出迎えてくれる。
石段を登ると池があり屏風岩を背景に不動明王が立つ。
一心に願えば全てが叶う「峰寺の不動さん」として親しまれている。
32禅師峰寺-不動・岩25
本堂の左手にある大師堂は、昭和59年に再建された。
32禅師峰寺-大師堂26


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三十二番札所の納経

☆一口メモ/仁王門の金剛力士像
32禅師峰寺-仁王26JPG
平安時代の作といわれる金剛力士像は、阿形像の銘から
正応4年(1291)鎌倉時代の仏師定明(じょうみょう)の作と判明。
国の重要文化財に指定されており、その厳めしい顔が頼もしい?

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました