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第三十一番札所 五台山 竹林寺 

五台山 竹林寺(ごだいさん ちくりんじ)
●本尊/文殊菩薩
31竹林寺-山門26
●真言/おん はらしゃのう
●宗派/真言宗智山派 ●開基/行基
高知県高知市五台山3577
三十番札所から約6km 徒歩約2時間
駐車場70台(無料)境内横

神亀元年(724)聖武天皇の勅願により行基が開いた。
聖武天皇が唐の五台山で文殊菩薩に三解脱の法門を
受けた夢を見た。そこで中国五台山に似た所を探し出すよう
行基に命じる。
31竹林寺-本堂26
諸国を歩いた行基はこの地を選び、
本尊の文殊菩薩を自ら刻んで安置したという。
(文殊菩薩を本尊とするのは、四国霊場ではこの寺だけ)
31竹林寺-大師堂26
その後大同年間(806~810)に弘法大師が訪れ、
伽藍を再興し三十一番札所に定めた。
江戸時代には土佐藩主の帰依をうけて栄え、多くの学僧たちが
集う「学問寺」として土佐文化の中心地となっていた。
「南海第一道場」とも呼ばれていた。
31日曜市-はりまや橋
「坊さんカンザシ買うを見た…」と、よさこい節に歌われている
僧・純信もこの寺の脇坊である南の坊にいた修行僧の一人
だったという。
明治時代初頭には一時衰退するが、その後再興された
本堂は寛永20年(1643)に焼失。その後土佐二代藩主
山内忠義によって再興されたもので、国の重要文化財。
31竹林寺-善財童子26
本尊の文殊菩薩は50年に一度しか開帳されない秘仏。
(2014年に御開帳。ちょうど四国霊場開創1200年と重なり
すごい人出だったが、時間をかけても拝観する価値がある
素晴らしく、神々しい仏像であった。) この文殊菩薩像は
杮葺きの本堂とともに、国の重要文化財に指定されている。
(この像は、京都・切戸(きりと)の文殊、奈良、安倍(あべ)の
文殊とともに「日本三文殊」の一つとされる)
31竹林寺-宮26
またここは、高知市街・浦戸湾を一望できる抜群の
ロケーションにあるため観光客も多い。


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三十一番札所の納経

☆一口メモ/五重塔
31竹林寺-2五重塔26
ここには、かつて三重塔があったが明治32年の台風で倒壊。
現在の五重塔は昭和55年に完成。
高さ31.2mの木造の塔は、国内でも珍しい総檜造りで、
鎌倉初期の様式にならっている。
五重塔は高知県では唯一のもの。

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第三十番札所 百々山 善楽寺 

百々山 善楽寺(どどざん ぜんらくじ)
●本尊/阿弥陀如来
●真言/おん あみりた ていぜい からうん


30善楽寺-観音26
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/弘法大師
高知県高知市一宮しなね2丁目23-11
二十九番札所から約8km 徒歩約2時間10分
駐車場20台(無料)境内前

善楽寺は、大同年間(806~810)に弘法大師により
土佐神社の別当寺として建立されたと伝えられる。
江戸時代には、土佐藩主山内家の庇護を受けたという。
30善楽寺-本堂26
ところが明治時代始めの、神仏分離・廃仏毀釈運動で
善楽寺は廃寺となってしまった。
この時、本尊や大師像は二十九番札所国分寺へ預けられた。
明治9年(1876)に本尊を高知市内の「安楽寺」に移して
「仮の措置」として三十番札所が復活。
30善楽寺-大師堂26
昭和4年にここ「善楽寺」も国分寺から大師像を迎えて再興。
どちらも札所を名乗り、以後三十番札所は2ヵ所に・・・。
この60余年にも及ぶ騒動に決着がついたのはつい最近のこと。
平成6年1月1日。善楽寺が三十番札所
安楽寺は三十番札所の奥の院と決まった。
30善楽寺-地蔵25
善楽寺には山門がなく、土佐国一宮として崇敬される
土佐神社と並んで建つ。
30善楽寺-土佐神社26
本堂は昭和57年に改築されて
隣に建つ大師堂とは対照的に新しい外観である。

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三十番札所の納経

☆一口メモ/子安地蔵
30善楽寺-子育て26
本堂の向かいに建つ子安地蔵堂には優しいお顔をした
「お地蔵様」が祀られている。
この地蔵尊は子宝祈願にご利益があるとされる。

梅見地蔵
30善楽寺-梅見26
子安地蔵堂の左隣に鎮座するお地蔵様は、首から上の病に
ご利益があると伝えられ、物忘れやノイローゼ、耳・目や
鼻の病気の平癒、また学業成就、合格祈願に訪れる人も
多いという。もともと大師堂の前の梅の木の下にあり、
梅の木を仰ぎ見る姿から「梅見のお地蔵さん」として
人々に親しまれてきたという。

第二十九番札所 摩尼山 国分寺 

摩尼山 国分寺(まにざん こくぶんじ)
●本尊/千手観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく


29国分寺-山門26
●宗派/真言宗智山派 ●開基/行基
高知県南国市国分546
二十八番札所から約9km 徒歩約2時間30分
駐車場50台(無料)仁王門脇

「諸国で最も良い土地を選んで立てよ」という聖武天皇の
勅願により、天平13年(741)に行基が開基した土佐の国分寺
行基自らが千手観世音菩薩を刻んで本尊としたと伝えられる。
29国分寺-本堂26
後に弘法大師が真言宗の寺として四国霊場に定めた。
本堂は、永禄元年(1558)に長宗我部国親・元親親子が
再建したもの。天平様式を思わせる寄棟造りが特徴。
この本堂をはじめ大師堂、仁王門、国分寺跡の史跡等見所も多く、
境内全域が史跡として国の文化財指定を受けている。
29国分寺-参道26
仁王門を入ると杉並木に挟まれた石畳が一直線に本堂まで続く。
その途中には、鐘楼・開山堂や「酒絶地蔵尊」を祀るお堂等が並ぶ。
29国分寺-開山26
全体が木々に覆われているので、森閑とした空気が感じられる。
29国分寺-庭26
寛永11年(1634年)に建立された大師堂は、
何度かの修理が繰り返され、杮(こけら)葺きだった屋根が
銅板葺きに改められた。しかし本堂は大修理が行われたが
杮葺きとなっている。
29国分寺-大師堂25
また近くには「土佐日記」の作者・紀貫之が国司として
4年間滞在した屋敷跡がある。


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二十九番札所の納経

☆一口メモ/十月?桜
29国分寺-さくら26
境内に咲く桜は、秋10月ごろに咲く珍しいもの!
淡いピンクの花がお遍路さんを癒してくれる。

仁王門
明暦元年(1655)土佐二代藩主・山内忠義公が寄贈したといわれる。
豪壮な二層造りの仁王門の左右を金剛力士像が固めている。
昭和62年に解体修理が行われた。以前までは創建当時の
梵鐘がかかっていたが、今は本堂に収められている。
梵鐘は平安時代前期のものとされ、国の重要文化財に指定されている。

第二十八番札所 法界山 大日寺 

法界山 大日寺(ほうかいざん だいにちじ)
●本尊/大日如来
●真言/おん ばざら だどばん


28大日寺-山門26
●宗派/真言宗智山派 ●開基/行基
高知県香南市野市町母代寺476
二十七番札所から約42km 徒歩約10~12時間
駐車場30台(無料)

天平年間(729~749)聖武天皇の勅願により行基が開基した。
その後荒廃したが、弘仁6年(815)に弘法大師が訪れ、
楠の大木に爪で薬師如来を刻み、奥の院に設置し、
ここを霊場と定めた。
28大日寺-本堂26
慶長年間(1596~1614)以降は、土佐藩の祈願所として栄えた。
明治4年には廃仏毀釈のあおりを受けて廃寺となってしまったが、
地元の人々は本堂を大日堂として守り続け、明治17年に
再興され大日寺と名を改めた。
28大日寺-風景26
本堂は台風の被害を受け、昭和46年に再建された。
本堂には行基作といわれる大日如来が安置されている。
像は四尺八寸二分(約145cm)の坐像で、中四国では
最大級といわれており、国の重要文化財にも指定されている。
脇仏は智証大師作の聖観音像で、こちらも国の重要文化財。
残念ながらどちらも非公開となっている。
28大日寺-大師堂26
石段の途中に建つ10本柱の山門をくぐって境内に入る。
早春にはサンシュウの花、春にはしだれ桜、10月中旬以降には
十月桜や万両が美しく、四季折々の風情を楽しめる。
28大日寺-地蔵26



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二十八番札所の納経

☆一口メモ/爪彫薬師(つめぼりやくし)
28大日寺-爪ほり26
弘法大師が爪で彫ったとされる薬師如来・爪彫薬師の霊木が、
本堂から少し離れたところにある奥の院に安置されている。
目・耳・鼻・口など首から上の病気にご利益があると伝えられている。


第二十七番札所 竹林山 神峯寺 

竹林山 神峯寺(ちくりんざん こうのみねじ)
●本尊/十一面観世音菩薩 
●真言/おん まきゃろにきゃ そわか


27神峯寺-山門25
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/行基
高知県安芸郡安田町大字唐浜2594竹林山
二十六番札所から約33km 徒歩約10時間
駐車場30台(300円)山門下

神峯山山頂に位置する神峯寺は、
かつては難所として知られた土佐の関所寺。
海抜450mの位置に立つ仁王門。右隣には神峯神社の鳥居が立つ。
27神峯寺-鳥居25
ここに至る参道は昔から「まっ縦」と呼ばれ、お遍路さん
悩ませて来た。しかも、仁王門からさらに約150段の
石段を登らなければ本堂と大師堂までたどり着けない。
神功皇后が戦勝を祈願して諸神を祀ったのが始まりとされる。
27神峯寺-本堂26
その後行基が十一面観音を刻んで神仏合祀になった。
大同4年(809)に聖武天皇の勅命により大師が霊場に定めたという。
27神峯寺-大師25
その後大火により焼失。享保2年(1717)に再建された。
明治時代の神仏分離令と廃仏毀釈により、廃寺とされ、
本尊は金剛頂寺に移され、多くの貴重な寺宝も散逸したが、
明治20年に再建された。
27神峯寺-大師堂25
またこの寺は、三菱財閥の創始者岩崎弥太郎の母親が、
息子の開運を祈願して熱心に参拝したことでも知られている。
自宅から20kmの道のりを歩き、遍路ころがしと呼ばれる急坂を
登ることを21日間も続けたという。
27神峯寺-不動25
緑あふれる木々を背にした堂宇は、
簡素ながらも堂々としたたたずまいを見せている。

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二十七番札所の納経

☆一口メモ/景観美
27神峯寺-庭25
境内は隅々まで手入れが行き届き、その美しさは四国霊場でも有数!
早春の梅、春の桜、初夏のモチツツジなど四季折々の美しい
花木が寺内を彩る。また、境内からは土佐湾が一望でき絶景!
        

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました