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四国別格第十七場 五穀山 神野寺 

五穀山 神野寺(ごこくざん かんのじ)

●本尊/薬師如来 ●開基/弘法大師
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


満濃池大師
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●宗派/真言宗善通寺派
●香川県仲多度郡まんのう町神野


弘仁12年(821)弘法大師が嵯峨天皇の勅命により、決壊した
満濃池を修築。その功績により天皇から報奨金を賜り、この地に
寺を建て、満濃池鎮護の寺としたという。
その後、天正9年(1581)兵火により焼失し廃寺となり、
昭和9年、大師一千百年御遠忌を迎え再建された。
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満濃池の工事は、3年がかりでもできなかったのに、大師は
みごと三か月で完成。池の内側に向けてアーチ型に築いた堤防は
堅牢な工法として今でも多くの見学者が来るという。
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満濃池は大宝年間(701~704)に作られた日本最大最古の溜池。
何度も修復され、現在は周囲約20km、面積138㌶、貯水量
1540万トン、となっている。その大きさのため、龍や大蛇、
大鯉等の伝説が残っているという。

noukyou-b17.jpg 別格十七番札所の納経

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四国別格第十六番 巨鼇山 萩原寺 

巨鼇山 萩原寺(きょごうざん はぎわらじ)

●伽羅陀山火伏地蔵菩薩 ●開基/弘法大師
●真言/おん かかかび さんまいえ そわか


別格本尊地蔵院
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●宗派/真言宗大覚寺派
●香川県観音寺市大野原町萩原


大同2年(807)弘法大師が千手観音菩薩と地蔵菩薩を刻み、
千手観音菩薩を四国霊場第66番雲辺寺に安置し、地蔵菩薩を
萩原地に安置したのが始まり。
その後朱雀天皇の勅願寺になり、後には細川勝元公の祈願所にもなる。
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室町時代には阿波・伊予・讃岐に多くの末寺を持っていたという。
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細川勝元公が奉納したといわれる仁王門は、瓦葺きで門としては
珍しい寄せ棟造りとなっている。本堂は18世紀末の建造。
客殿は菊の家紋を付け屋根は茅葺きとなっている。
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また県指定自然記念物の萩の名所としても有名。見頃は初秋です。

noukyou-b16.jpg 別格十六番札所の納経



四国別格第十五番 宝珠山 箸蔵寺 

宝珠山 箸蔵寺(ほうしゅざん はしくらじ)

●本尊/金毘羅大権現 ●開基/弘法大師
●真言/おん くらびや そわか


金毘羅奥の院
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●宗派/真言宗御室派
●徳島県三好市池田町州津蔵谷1006


天長5年(828)に弘法大師がこの地を訪れ、金毘羅大権現の
ご神託を受け金毘羅大権現を刻まれて安置し寺を開創したもの。
讃岐・金刀比羅宮の奥の院でもある。
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寺は箸蔵山(600m)の山頂近くにあり、本堂は銅板葺き八棟造りで
重厚で、護摩堂、観音堂、薬師堂、鐘楼等江戸時代を感じさせる
四国霊場でも有数の寺である。
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大師は金毘羅大権現より「済世利民」のご神託を受けられ
「箸を挙ぐる者、我誓ってこれを救はん」と表現されている。
つまり「すべての人を救済する」ことを、全ての人が使っていた
箸にたとえている。これが箸蔵寺の名前の由来だという。
また、ここで行われる「箸供養」は全国的に有名。

noukyou-b15.jpg 別格十五番札所の納経

四国別格第十四番 邦治山 椿堂 常福寺 

邦治山 椿堂 常福寺
(ほうじざん つばきどう じょうふくじ)

●本尊/延命地蔵菩薩・非核不動尊 ●開基/弘法大師
●真言/おん かかかび さんまいえ そわか


金剛杖病封の霊跡
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●宗派/高野山真言宗
●愛媛県四国中央市滝町椿堂


四国霊場六十五番三角寺より六十六番雲辺寺に向かう途中にある。

大同2年(807)邦治居士(ほうじきょし)がこの地に庵を結び、
地蔵尊を祀ったのが始まりとされる。
弘仁6年10月15日弘法大師がこの地を訪れた時、この地方に
熱病が流行し、住民が苦しんでいるのを知り、住民をここに集め
手にしていた杖を土にさして祈祷し、病を杖とともに土に封じ
去って行ったという。後にこの杖より椿が芽を出し成長。
この椿を「お大師椿」とし、この庵を椿堂と呼び、この地方の
地名ともなったという。
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安政6年(1859)火災にあったが、現在の椿はその時焼けた株から
芽を出したものといわれている。
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本尊は延命地蔵菩薩と大聖不動尊だが、核兵器廃絶を願って
大聖不動尊は非核不動尊と呼ばれている。

noukyou-b14.jpg 別格十四番札所の納経

四国別格第十三番 金光山 仙龍寺 

金光山 仙龍寺(きんこうざん せんりゅうじ)

●本尊/弘法大師 ●開基/法道仙人
●真言/南無大師遍照金剛


護摩修法霊跡
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●宗派/真言宗大覚寺派
●愛媛県四国中央市新宮町馬立1200


弘仁6年(815)弘法大師が42歳の時に登山され、当時この山に
住んでいた法道仙人より譲り受け、護摩壇を築き、二十一日間
護摩の修行をし、満願の日に自らの姿を刻んで安置したのが
始まりという。
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その本尊は「厄除大師」「虫除大師」と言われ多くの信者が訪れる。
また四国霊場六十五番三角寺の奥の院であり四国霊場八十八ヵ所の
総奥の院ともなっている。
その後、京都大覚寺門跡の尊称法親王が立ち寄り、
金光山遍照院仙龍寺の名前がついたといわれている。
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寺の周囲は険しい崖や、うっそうとした木々に囲まれ、滝や
仙人堂、不動堂等がある。

noukyou-b13.jpg 別格十三番札所の納経

四国別格第十二番 摩尼山 延命寺 

摩尼山 延命寺(まにざん えんめいじ)

●本尊/地蔵菩薩 ●開基/行基菩薩
●真言/おん かかかび さんまいえ そわか


いざり松、千枚通し本坊
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●宗派/真言宗御室派
●愛媛県四国中央市土居町土居895


弘法大師がこの地に修行の証しとして一本の松を植えたという。
再び訪れた時、その松の下に足の不自由な人が苦しんでいるのを
憐れみ、千枚通し霊符の一枚を授け加持するとたちまち全快。
これより千枚通しの名が全国に広がり、「千枚通し本坊」として
有名になった。この時のイザリは後に得度し僧法忍となったという。
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当時の千枚通しの霊符が寺宝として現存している。
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この松は「いざり松」と呼ばれ親しまれていたが、昭和43年に
枯れてしまい、現在は大きな幹が横たわっている。
ちなみに、明治時代には直径5mもある巨木だったとか。

noukyou-b12.jpg 別格十二番札所の納経

四国別格第十一番 生木地蔵 生木山 正善寺 

生木地蔵 生木山 正善寺
(いききじぞう いききざん しょうぜんじ)

●本尊/延命地蔵菩薩 ●開基/弘法大師
●真言/おん かかかび さんまいえ そわか


生木地蔵
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●宗派/高野山真言宗
●愛媛県西条市丹原町今井


弘法大師が四尾山(おしぶの森)の麓で一夜を過ごした時、山の
南方が輝き楠の大木に童子が現れ、大師は「童子の化身を以って
我に示し給う」と、その夜この楠に延命地蔵菩薩を刻んだという。
その時、天邪鬼(あまのじゃく)が鶏の鳴き声をまねて夜明けを
告げたので大師は片方の耳を彫り残したとと伝えられている。
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この楠の大木は本堂と大師堂の間に立っており、生きた木に
刻まれていたので「生木地蔵(いききじぞう)」と呼ばれ信仰を集めてきた。
昭和29年9月26日の台風にて楠は根本より倒れたが、お地蔵さまは
無事で現在本堂に祀られている。大木は本堂左手に祀られている。
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他に慶長年間(1596~1615)の大干ばつの時に雨乞いをし、大雨に
恵まれたという「雨乞い石」が参道手前にある。

noukyou-b11.jpg 別格第十一番札所の納経

四国別格第十番 仏法山 西山興隆寺 

仏法山 西山興隆寺
(ぶっぽうざん にしやまこうりゅうじ)

●本尊/千手観世音菩薩 ●開基/空鉢上人
●真言/おん ばさら たらま きりく


求聞持修法遺跡
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●宗派/真言宗醍醐派
●愛媛県西条市丹原町古田1657


西暦642年空鉢上人により開基。
養老年間(781~724)に行基菩薩が千手観世音菩薩を刻んで安置。
後に報恩大師、弘法大師の入山もあり、歴代の皇室、武将、藩主
並びに地方信仰者の崇敬が厚いという。
国の重要文化財に指定されている本堂は、源頼朝による寄棟造り。
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広い境内は西山四国八十八ヵ所・三重塔、みゆるぎの渓流、
不動の滝、そして秋には紅葉の参道として多くの観光客が訪れる。
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noukyou-b10.jpg 別格第十番札所の納経


四国別格第九番 大法山 文珠院 徳盛寺 

大法山 文珠院 徳盛寺
(だいほうざん もんじゅいん とくじょうじ)

●本尊/地蔵菩薩・文珠菩薩 ●開基/弘法大師
●真言/おん かかかび さんまいえ そわか・おん あらはしゃのう


遍路開祖 衛門三郎旧跡
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●宗派/真言宗醍醐派
●松山市恵原町308


四国遍路の開祖と言われる衛門三郎の屋敷跡に建つ。

伊予の国荏原に住む欲深い長者・衛門三郎は、みすぼらしい托鉢僧
(弘法大師)の托鉢を割ってしまいました。
翌日から8日間に8人の子供が次々と亡くなりました。
自分の罪の深さに目覚めた衛門三郎は改心し、大師の後を追って
四国霊場を歩いたという。これが遍路の始まりと言われている。
(詳しくは五十一蕃札所・石手寺の所に書いてあります。
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境内には大師像・衛門三郎夫妻の石像が立ち大師堂には
衛門三郎由来の図が掲げられている。
また近くに、衛門三郎の子供の墓(八塚)と、鉢が八つに割れて
飛んで行った(八窪)がある。
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(写真は衛門三郎と妻の像)

noukyou-b9.jpg 別格第九番札所の納経

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました