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2009年07月の記事一覧

太宰府天満宮 

太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)
学問の神様菅原道真を祀る。
大宰府-4

901年に藤原時平らの陰謀によって筑前国に左遷させられた道真は、
903年に死去した。その遺骸を都に送ろうとしたが、牛車を引いていた
牛が動かなくなった。そこに留まりたいという道真の遺志と思い、
墓が作られ、905年には廟がたてられた。安楽寺天満宮の創始。

道真の死後、都では疫病や不吉なことが続いたため「道真の祟り」と
恐れられた。これを鎮めるため919年(延喜19年)に墓所の上に
社殿を建立。これが太宰府天満宮の始まり。
また、京都には北野天満宮が造られた。

大宰府-2

「道真の祟り」に対する恐れも薄れてきた中世頃から、
道真が生前優れた学者であったことから、「学問の神」として
信仰されるようになったという。
現在も参拝者は多く、受験シーズンのみならず全国から訪れる。

大宰府-1

太宰府天満宮・北野天満宮・防府天満宮を合わせて「三天神」と呼ぶ。
(三天神には諸説あり、太宰府と北野は共通だが後の一つを、
亀戸・湯島・大阪・綱敷・防府などとする説がある。)

飛梅の伝説
 道真が左遷されたとき、京都から飛んできたという梅。
 拝殿の手前にその「飛梅」の古木がある。
 有名な「東風(こち)ふかば におひおこせよ 梅の花
 あるじなしとて 春な忘れそ」の歌はこの伝説を詠んだもの。

梅にまつわる物も多く、太宰府天満宮の御神酒は梅酒である。
参道には「梅ヶ枝餅」と呼ばれる餡入りの焼き餅を販売する店が並ぶ。

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長谷寺 

長谷寺はせでら)
牡丹の名勝としても有名!
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●真言宗豊山派(ぶざんは)総本山
●本尊/十一面観音(重要文化財)


初瀬(はせ)山の中腹に建ち昔は「初瀬寺」「泊瀬寺」とも書かれたという。
寺伝によると、朱鳥(あかみどり)元年(686)、天武天皇の病気平癒を
祈願して、道明上人が西の丘に三重塔を建立。
その後、神亀4年(727)に聖武天皇の勅により徳道上人が東の丘
(現在の本堂の地)に諸堂を立て、霊木で刻んだと伝えられる
十一面観音像安置したとある。ただこれらは正史には見えず
伝承の域を出ない。
天平5年(732)には、行基を導師として開眼法要が営まれ
現在の長谷寺の基礎が築かれた。

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入り口の仁王門から本堂までは399段の登廊(とうろう・屋根付きの階段)
を上る。季節になると、この両側に約150種・7000本の牡丹
見事な花をつけて参詣者たちの目を楽しませてくれる。
春の桜、秋の紅葉も見ごたえがある。
※これは長谷寺に詳しい人に聞いたのですが
「桜も、牡丹も、紅葉も見事だけれど冬に咲く寒牡丹?がお勧め。
雪よけの中に咲く真っ赤な牡丹は素晴らしい!」と・・・。

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本尊の十一面観音像は天文7年(1538)の造立。高さ10mを超す
大作で、国宝・重要文化財指定の木造彫刻の中では最大。
通常の十一面観音像と異なり、右手に地蔵菩薩の持つような
錫杖を持ち岩の上に立つ姿で、長谷型観音と呼ばれる。
他にも、国宝や多数の重要文化財を含め、寺宝の総数は
1000点以上にのぼる。

二神さんの作品! 

二神さんの作品!
前回も紹介した二神さんの作品
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こんなに可愛い作品もあります。

毎月第三日曜日に道後にぎたつ通りで展示即売しています。
(時間は午前8時から正午までです。)

これは何でできていると思いますか?
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答えは、畳縁(たたみへり) あの畳の縁にある布?です。
それをこんなふうにアレンジしてバッグにしてしまいました。
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これもそう!これは縦に使ったものですが、また違う趣の作品です。

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これは、着物で言うと「絽」! 透けてはいるが、それでいてすべてが
見えるわけではない!とっても上品な作品。ぜひ実物を見てください。

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これは「マイ箸入れ」エコにも気を使っています。

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こんな可愛いものもたくさんあります。一度見てみては・・・。
癒されますよ!

宇和島城(現存12天守 その8) 

宇和島城(現存12天守 その8)
自然とともにある城
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宇和島城は、中世紀にあった板島丸串城の跡に、築城の名手・
籐堂高虎によって築かれた、標高約80mの丘陵に建つ平山城。
城山には約400種の草木が生い茂り、苔むした石垣や石段と
織りなす美の世界は、一見の価値がある。
(国の史跡に指定されている)

華麗さと格式を併せ持つ天守!
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慶長元年~6年(1596~1601)の創建時には、東側に海水を
引き込んだ水堀、西側半分が海に面した地形を巧みに生かした
ものであったが、現在は堀も海も埋め立てられている。
元和元年(1614)伊達政宗の長男、伊達秀宗が入城。
伊達家2代宗年が、寛文6年(1666)頃に3重3層の天守を再建。
万延元年(1860)・昭和35年(1960)に大修理を受けるが、
往時の姿を今なお伝える格式のある城である。
(もちろんこの天守は国の重要文化財に指定されている)

☆山里倉庫(城山郷土館)
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弘化2年(1845)三の丸に建てられた武器庫で現存例の少ない
稀少な建物。昭和41年伊達家より譲渡され、城山内に移築。
現在は城山郷土館として、資料や写真などを展示している。

☆藩老桑折(こおり)氏武家長屋門
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城山東北側の登城口にある長屋門。家老桑折家屋敷地に
残されていたものを昭和27年譲渡を受け、現在地に移築。
市内には数少ない武家屋敷の建造物。



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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました