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2008年08月の記事一覧

讃岐うどん5 

讃岐うどん5
またまた讃岐うどんです。
今回は丸亀の超有名店「中村」へ行ってきました。
udon-nakamura1.jpg
セルフの店ですが、店の人が丁寧に教えてくれるので
初めての人でも大丈夫。自分で温めて、ダシをはって
お好みで、ネギやしょうがや、トッピングをのせるのは
あんがいと楽しいものです。
(もちろん冷たいのも選べますし、釜揚げや釜玉もあります。)
うどんは讃岐にしてはちょっと細い麺だが、これがいりこだしと
からまってウマイ!
これで、小(1玉)200円・大(2玉)300円は安い。(写真は大)
udon-nakamura mise
店はビルの1階にあり、ちょっと奥まっているが、
分かりやすいところにある。駐車場は店の前4台。


次は飯山町の「なかむら」
udon-nakamura mise doki
讃岐うどんのファン?なら誰でもよ~く知っている店。
あの、畑からネギを取ってきて自分で切るという有名な店。
最近は台の下にネギの束を置いてあるので、畑に取りに
行かなくていいそうだ。
普通の日(土日や祝日ではない)の昼前でこの行列。
今日はあきらめて帰りました。
余談ですが、「中村」と「なかむら」は兄弟だそうです。



国道11号線沿いにある「讃州屋」
うっかりすると通り過ぎてしまうので、目を大きくしてみてください。
udon-sansyuya mise
ご覧の通り「うどん」の看板や暖簾はあるが讃州屋の名はない。
(不思議なことに店の中には讃州屋と書いてある)
udon-sansyuya udon1
「ぶっかけ」を注文すると、写真のような状態で出てくる。
ネギ、しょうがをのせ、レモンを絞りダシをかけると出来上がり。
udon-sansyuya udon2
レモンの酸味と、コクのあるダシ、そしてコシの強い麺。
のどごしも最高!納得の味!(釜揚げもうまい!)
ぶっかけ(小)250円・(大)350円・釜揚げ300円



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祇園祭3 

祇園祭(その3)
巡行する鉾のうちで最大のものは約12tにも達する。
また、これらの組み立て、曳出し、巡行、及び解体には
延べ約180人もの人手を要するという。

(写真は長刀鉾)
gion-naginata1.jpg

鉾・曳山
●重量/約12t
●高さ/鉾頭まで約25m・屋根まで約8m
●車輪/直径約1.9m
●屋根/長さ約4.5m・幅約3.5m
●鉾胴/長さ約3.5m・幅約3m
●囃子舞台/4.5畳~6畳
●曳手/30人~50人(鉾の巡行の時綱を曳く役)
●音頭取/2人(鉾の前上に立つ指揮者・辻を曲がる時のみ4人)
●屋根方/4人(鉾の屋根上で真木の揺れ等を加減し、電線等の
           障害を調整する役)
●囃子方/約40人(交替員も含む)

(写真は芦刈山)
gion-asikari.jpg
舁山
各山とも構造、重量に大差なく、飾り金具・人形の大きさにより
多少重量が異なる程度である。
●重量/約1.2t~1.6t
●舁手/14人~24人
山の中でも岩戸山、北観音山、南観音山は曳山で、形態は鉾と同じ。
ただ真木が松の木で高さは約15mある。


祇園祭2 

祇園祭(その2)
山鉾の由来

(写真は月鉾)
gion-tuki.jpg

祇園祭の起源(疫病退散)をそのまま伝える長刀鉾以外は
その町内の神仏をまつったものと、和漢の故事や説話から
由来するものに大別することができる。
前者の例としては天神や八幡をまつる霰天神山(あられてんじんやま)、
油天神山、八幡山、聖徳太子をまつる太子山等がある。

(写真は太子山)
gion-taisi.jpg

後者の例としては、函谷鉾(かんこほこ)、鶏鉾(にわとりほこ)
郭巨山(かっきょやま)、白楽天山、孟宗山(もうそうやま)などは
中国の故事からのもの、船鉾、占出山(うらでやま)などは、
神功皇后を巡る説話から取ったもの、芦刈山(あしかりやま)、
木賊山(とくさやま)、黒主山(くろぬしやま)など
謡曲から取ったものがある。

(写真は占出山)
gion-urade.jpg





祇園祭 

祇園祭(その1)(ぎおんまつり)
「コンコン、チキチン、コンチキチン」
祇園囃子の音色が聞こえ始めると、京都の暑い夏が始まり
京都のまちは華やいだ雰囲気に包まれる。
そして、約1ヵ月にもおよぶ祇園祭の始まり!

(山鉾巡行の先頭は長刀鉾)
gion-naginata.jpg
祇園祭の歴史は古く、平安初期の貞観11年(869)、
全国に疫病が流行した際に、その退散を祈願したとされる
八坂神社の神事が始まりとされる。
現在のような様式が定着したのは、応仁の乱後の
明応9年(1500)頃といわれる。

巡行する山鉾はくじによって順番が決定する。
昔、山鉾巡行の先陣争いが絶えなかったため、室町時代から
くじ引きが始められたという。
ただ、現在巡行するすべての山鉾がくじを引くのではなく、
長刀鉾(なぎなた)、函谷鉾(かんこ)、放下鉾(ほうか)、岩戸山(いわと)、
船鉾(ふね)、北観音山(きたかんのん)、橋弁慶山(はしべんけい)、
そして南観音山(みなみかんのん)の8基はくじを引かない。

(函谷鉾)
gion-kankoku1.jpg

7月1日から始まり、7月17日の山鉾巡行を中心に
多くの行事が1ヶ月間に行われる。
中でも「宵山」は、各山鉾町の駒形提灯に灯が入り、鉾や曳山からは
祇園囃子が流れ、山鉾の人形・織物・金具などが美しく飾られ、
もっとも祭りらしい風情が感じられるという。
(本来は山鉾巡行の前夜16日のことだが、この日に人出が集中するので
最近では、宵山の前日の15日や、14日も宵山と同じようにやっている。
ゆっくりと山鉾を見たい人はこの日がのほうが良いそうです。)

(孟宗山)
gion-moso.jpg





最上稲荷 

最上稲荷(さいじょういなり)
伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷の一つとして
民衆の崇敬を集めている。
正式には「最上稲荷教総本山妙教寺」
所在地が、岡山市高松地区であることから
「高松稲荷」と呼ばれることもある。
saijyo-hondo.jpg
天平勝宝4年(752)に孝謙天皇の病気平癒の勅命を受けて、
報恩大師が吉備山中の八畳岩で修法し、
本尊の「最上位経王大菩薩」を感得されたことに始まる。
(天皇は全快した)
また、桓武天皇の病気平癒祈願の功徳により、寺院建立の
寄進申し出があり、大師がそのための霊地を求めていた時、
最上位経王大菩薩より「備中国、龍王山麓に堂宇を定むるべし」との
お告げがあり、天皇にこのことを進言。
天皇はその祈願所として龍王山神宮寺を寄進創建したという。
これが現在の「妙教寺」である。
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(雪の最上稲荷本殿)

「龍王山神宮寺」として繁栄を極めたものの、中世の戦乱時
羽柴(豊臣)秀吉の備中高松城水攻めの際、戦火によって
堂宇を焼失。ただ、本尊だけは八畳岩の下の元宮と呼ばれる
場所に安置され難を免れたという。
江戸時代初期の慶長6年(1601)この地を治めた花房公が
関東より日円聖人招き「稲荷山妙教寺」として再興した。
このときに天台宗から日蓮宗へ改宗した。
岡山県内で唯一、明治時代の廃仏毀釈を免れたところと
いわれ、日蓮宗系「神仏習合」の祭祀形態を現在も残す。
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(最上稲荷の大鳥居。ここから本殿までは遠い)

寛保元年(1741)に建立された旧本殿(震応殿)の最奥部は
岡山市の重要文化財に指定されている。
現在の本殿(震光殿)は昭和54年に建造された。
saijyo-kyuhondo.jpg
(旧本殿)

最上稲荷のご本尊「最上位経王大菩薩」は、五穀豊穣・商売繁盛・
開運等たくさんの福徳をそなえ、その威神力をもって、人々を、
苦しみ悩みから救い、様々なご利益をもたらす神様として
信仰を集めている。初詣シーズンには岡山県下最大の参拝者
(約60万人)でにぎわう。

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました