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現存12天守(その3) 犬山城 

国宝犬山城
唯一個人所有の国宝の城
(平成16年4月財団法人「犬山城白帝文庫」が設立され
城の所有者は成瀬家から財団法人になった。)
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天文6年(1537)現在地に天守が造営され、織田信長の叔父
織田信康が城主になったが、天文16年稲葉山城で戦死、
その子信清が城主」となった。
その後何代か城主が代わり文禄4年(1595)石川光吉が城主となり
慶長5年(1600)の関ヶ原合戦後、小笠原吉次が入城。この両氏の
手によって、今世の犬山城が完成された。
元和3年(1617)成瀬正成が城主になってから代々成瀬家の子孫に
受け継がれ、犬山城は成瀬家の城下町として発展した。
明治4年廃藩置県で廃城となり、天守を除くほとんどは取り壊された。
明治24年濃尾震災で天守の東・南と西北の付櫓・城門が壊れたので
同28年旧犬山藩主正肥に城を修理するという条件で譲られ、唯一の
個人所有として現在に至っている。(平成16年より財団法人所有となる)
昭和2年11月20日天皇陛下が登閣され、同10年5月13日に
国宝に指定された。
昭和36年4月から解体修理を始め昭和40年3月2日竣工復元した。

☆一口メモ/白帝城の命名
 江戸時代の儒者「荻生徂徠」が李白の詩からとって
 命名したと伝えられている。
「朝に辞す白帝彩雲の間 千里の江陵一日にして還る
 両岸の猿声啼きやまざるに 軽舟すでに過ぐ万重の山」

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました