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2008年05月の記事一覧

現存12天守(その2) 松本城 

国宝松本城
現存する日本最古の風格ある五重天守!

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戦国時代の永正年代に造られた深志城が始まり。
信濃の守護小笠原氏が館を林地区に移すと、家臣たちも
館を取り囲むように支城を構えて守りを固めた。
深志城もこの頃に、林城の前面を固めるために作られたという。
その後武田信玄が小笠原氏を追い、この地を占領し
信濃支配の拠点とした。
天正十年(1582)小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて
深志城を回復し、名を松本城と改めた。
その後秀吉により徳川家康が関東に移封されると、小笠原氏も
家康に従い下総に移転。秀吉は石川数正を松本城に封じた。
数正・康長親子は、城と城下町の整備に力を尽くし、康長の代には
天守三棟(天守・乾小天守・渡櫓)はじめ御殿・太鼓門・黒門・
櫓・塀等を造り、本丸・二の丸を固め、三の丸に武士を集め、
城下町の整備も進めた。松本城の基礎はこの時に固まった。
天守の築造は文禄二年から三年(1593~4)と考えられている。
松本城は、戦うための堅牢な天守と、平和な時代に造られた
優雅な辰巳附櫓(たつみつけやぐら)・月見櫓等があり、
歴史的・文化的・美的価値も見逃せない。




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現存12天守(その1) 姫路城 

現存12天守(その1)
姫路城(ひめじじょう)
●世界文化遺産 国宝姫路城
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元弘3年(1333)播磨の守護職「赤松則村」がここに砦を築き、
その子「貞範」が正平元年(1346)城を構えたことに始まる。
最近では築城は16世紀中頃だとする説もある。
天正8年(1580)西国攻略の根拠地として羽柴秀吉が入城し
翌9年、3層の天守閣が完成。
関が原の役後、池田輝政が入封し、慶長6年(1601)から
8年の歳月をかけ城域を拡張し、姫山に5層7階の天守を築いた。
その後入封した本多忠政は、西の丸を整備。元和4年(1618)
今日に見る姫路城の全容を整えた。
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現在、大天守と三つの小天守、これらを結ぶ渡櫓(以上国宝)を始め
化粧櫓など櫓27棟、門15棟、土塀約1000m(以上重要文化財)の
建造物と、内濠・中濠の大部分が残っており、中濠以内は特別史跡に
指定されている。
日本にも「名城」と呼ばれるものは数多くあるが、ここ姫路城は別格!
文句なしに「日本一」の名城である。
またテレビの時代劇にも「江戸城」としてよく登場する。

松山城 

松山城
松山城は、松山市の中心部勝山山頂(132m)に本丸があり、
松山市内からなら、ほぼどこからでも見える松山市のシンボル!
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慶長7年(1602)加藤嘉明が築城を開始し、完成までに
約25年もの歳月を要した四国最大の城郭である。
わが国最後の完全な城郭建築といわれる大天守の上からは
360度の眺望が開け、松山平野や西日本最高峰の石鎚山
そして瀬戸内海国立公園が見渡せ、絶景である。
日本三大平山城や日本三大連立式平山城に数えられる。
また、日本に12ヵ所しか現存していない江戸時代以前に
建造された天守の一つである「現存12天守」でもある。
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現存12天守(国宝4城・重要文化財8城)
弘前城・松本城・丸岡城・犬山城・彦根城・姫路城・松江城
備中松山城・丸亀城・宇和島城・高知城そして松山城。
12ヵ所の内、四国に4ヵ所愛媛に2ヵ所ある。
※文字の濃い色の城が国宝に指定されている。

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指定文化財は多く21棟が国の重要文化財に指定されている。




道後温泉2 

道後温泉
伝説と神話と歴史を誇る日本最古の温泉。
全国的にも、愛媛県は知らなくても道後温泉は有名?
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①白鷺の伝説
  道後温泉本館の屋上にある振鷺閣(しんろかく)。
  その屋根の上には白鷺の姿が見える。
  その昔、足に傷を負った一羽の白鷺が、岩の間から
  湧き出ている温泉を見つけ、傷を癒したという。

②玉の石の神話
  大国主命が重病の少彦名命(すくなひこなのみこと)を
  入浴させたところ快癒。玉の石の上で舞ったと伝えられている。
  その石は本館の一角に保存されている。

聖徳太子道後温泉 
  この地を訪れた聖徳太子が、霊妙な温泉に感動し、
  風光明媚な道後の風土と温泉をたたえた碑を建てたという。

額田王(ぬかたのおおきみ)
  「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎいでな」
  と斉明天皇が行幸した時に額田王が詠んだ歌。(万葉集)

一遍上人と湯釜
  道後公園には。一遍上人が(1288年)「南無阿弥陀仏」の
  文字を刻んだ湯釜がある。

⑥松平定行と道後温泉
  寛永12年(1635)に松山藩主となった松平定行は
  道後温泉の施設充実に着手。
  僧侶・婦人・庶民男子等の浴室を整備した。

小林一茶
  二度にわたって伊予路を訪れた俳人小林一茶
  道後温泉で「寝ころんで蝶泊まらせる外湯哉」と詠んだ。


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(道後温泉本館のすぐ上にある湯神社)

道後温泉1 

道後温泉1
日本最古の温泉として有名。
道後温泉本館は明治27年に建てられた木造三層楼の建物で
当時でも大変珍しい建築様式だった。
完成の翌年に松山中学へ赴任してきた文豪・夏目漱石の小説
「坊ちゃん」にも登場する。
平成6年国の重要文化財に指定された貴重な建物。
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百十年以上も前に建てられた本館には「神の湯」と
「霊の湯(たまのゆ)」があり、コースによっては、浴衣や
お茶のサービスや、大広間や個室での休憩などもある。
旅館の浴場ももちろん温泉だが、散歩がてら旅館の浴衣を着て
ぶらりと立ち寄ってみてはいかが?
昔ながらの佇まいと、旅情あふれる道後温泉本館は魅力的。
※余談だがこの本館は「千と千尋の神隠し」のモデルになった建物。

●神の湯階下(大人400円・子供150円)
道後温泉を楽しむリーズナブルなコース
広々とした「神の湯」は銭湯感覚で利用する地元の人も多い。
毎朝6時の太鼓を合図に開館する道後温泉本館の「刻太鼓」は
道後の朝の名物になっていて、「残したい日本の音風景百選」
にも選定されている。この一番風呂を目当てに訪れる人も多い。

●神の湯二階席(大人800円・子供400円)
神の湯入浴と二階の大広間での休憩ができるコース。
55畳の大広間で浴衣に着替えて階下の神の湯へ・・・
湯上りは、大広間でリラックス。道後の町並みを眺めながら
サービスのお茶とお煎餅をどうぞ。

●霊の湯(たまのゆ)二階席(大人1200円・子供600円)
神の湯に比べるとこじんまりとしている。シンプルだが
落ち着きのある浴室は、プライベート感覚で利用できる。
静かに温泉を楽しみたい方におすすめ。
浴衣・タオルなどの入浴セットが用意されている。
また湯上りには、お茶とお煎餅のおもてなしがある。
少人数でくつろげる広間は、グループや家族連れで利用したい。

●霊の湯(たまのゆ)三階個室(大人1500円・子供750円)
のんびり道後温泉を楽しみたいなら、三階個室での休憩と
霊の湯(たまのゆ)入浴、そして又新殿(ゆうしんでん)の観覧が
セットになった霊の湯(たまのゆ)三階個室を・・・。
部屋に用意された浴衣に着替えて霊の湯へ。
湯上りは三階からの景色を眺めながら、お茶と坊ちゃん団子で一服。
落ち着いた雰囲気が、心をなごませてくれる。

●又新殿(ゆうしんでん)
道後温泉にしかないという皇室専用の浴室。
ガイドつきで大人250円。(約15分)
もちろん見るだけ、入ることはできません。
三階には夏目漱石ゆかりの部屋「坊ちゃんの間」
二階には、著名人の来訪帳や由緒ある器物などの展示もある。

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えひめみかん 

えひめみかん
愛媛のPOMジュースに関する噂!
※POMジュースとは愛媛のみかんジュースのこと。
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「愛媛では、蛇口をひねるとみかんジュースが出てくるらしい」
「これは本当です。」といっても、普通の家庭でこんなことは
ありえませんよね。
こんな噂があるので、年末年始とか、ゴールデンウィークとか
お盆休みとかに松山空港に、POMジュース蛇口ができ、
蛇口をひねると本当に、みかんジュースが出てきます。
これに出会えた人はラッキー!

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これがみかんの花。ちょうど今頃(5月)白い小さな花を咲かせます。
外に出ると甘酸っぱい匂いがどこからともなく漂ってきます。

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これが「いよかん」です。最近では、デコポンやはるか・せとか
はれひめといった新品種におされ気味ですが、その香りと
酸味のある甘さがやっぱり美味しい!


土佐の日曜市 

土佐の日曜市
日曜市-001
高知の城下「追手筋」に、約1.3kmに渡り500店が軒を並べる。
1日に約15000人が訪れるという。
正月の1日・2日と、よさこい祭りの開催期間中以外は
毎週日曜日、雨が降っても暑い時でも早朝から夕方まで開催。
※4月から9月は午前5時から午後6時まで
 10月から翌年3月までは午前6時から午後5時まで
 早めに(午前中に)行ったほうが品物が多いかも・・・。
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新鮮な旬の野菜や果物、手造りの寿司や餅、こんにゃく、
芋ケンピ、焼き鳥から土佐の刃物、庭石、骨董品等
書ききれないほどの商品が並ぶ。
日本一の街路市「土佐の日曜市」に行こう!

※高知市の街路市は、日曜市の他に、火曜市(上町4~5丁目)
木曜市(高知県庁前)、金曜市(愛宕町1丁目)と場所を変えてある。
日曜市ほどのスケールは無いが、固定客も多くにぎわっている。


高知城 

高知

日曜市- 高知城

関が原戦の功績により、土佐一国を拝領した山内一豊
慶長6年(1601)大高坂山に築城を開始。
慶長8年(1603)大部分が完成。入城する。
享保年間の大火で追手門以外のほとんどを焼失。
宝暦3年(1753)までに創建当時の姿のまま再建。
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築城400年、再建から250年を数え「南海道随一の名城」と呼ばれ、
国の重要文化財にも指定されている。
城内は昔のままの趣で、天守閣から見る高知市内や
太平洋の景色は素晴しい!

日曜市-板垣
また城内には、板垣退助や山内一豊の妻「千代」の像などもある。
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はりまや橋 

はりまや橋
土佐(高知)といえば、鰹のたたき、鯨、桂浜、よさこい祭り
もっと有名なものを忘れていますよ。
「坊さんかんざし買うを見た」とよさこい節に歌われた「はりまや橋
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江戸期に、堀で隔たれていた豪商「播磨屋」と富商「柩屋(ひつや)」が
お互いの往来のためにかけた私橋が、後に「はりまや橋」と
呼ばれるようになったという。では何故こんなに有名になったのか?
昭和33年南国博覧会のために電車通りに朱塗りの欄干が登場。
翌年「南国土佐を後にして」の歌が大ヒット!同名の映画にもなり
全国に「はりまや橋」の名が有名になった。
訪れてみると川も無く赤い欄干のみ・・・「日本三大がっかり?」
の一つになっていた。が、平成5年「はりまや橋公園」として
整備され、小さい木造の橋と「純信・お馬」の像があらたな
観光の名所となっている。

※かんざしを買ったという、僧・純信は三十一番札所竹林寺の
脇坊である南の坊に住む修行僧だったとか・・・。
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道路沿いの赤い欄干も今は無くなっている。
日曜市の会場からも、JR高知駅からも近い。
はりまや橋と道を挟んだビルの壁にかかる「からくり時計」も
一見の価値がある。
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讃岐うどん3 

讃岐うどん3
讃岐ではセルフの店が多い。
製麺所がやっているところは、ほとんどがセルフ。
完全セルフの店での食べ方を紹介。

●宮川製麺所
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善通寺インターの近くにある。製麺所の看板はあがっているが、
うどん屋さんには見えないところが多い。(ここは比較的分かりやすく
駐車場も完備している。)

この店では、うどんの玉数に合わせてどんぶりを選びうどんを入れる
(写真は二玉入り)
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温かいうどんの場合、自分で「てぼ」に入れて温める
「だし」も温かいのと、冷たいのが用意されているのでお好みで・・・
(ちなみに私は、寒い時は温かくして食するが、夏は、暖かい麺に
冷たい「だし」で食べるのが好み。)
お好みで、しょうがやネギが用意されているのでいれる
讃岐独特の「イリコだし」が旨い!。そしてなにより安い!






讃岐うどん2 

讃岐うどん2
●小縣屋(おがたや)
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「元祖醤油うどんの店」を名乗る有名店。
醤油うどんを注文するとまず始めに「おろし金」と「大きい大根」が
ド~ンと出てくる。これをがんばっておろして、うどんの上に・・・
お好みで、ごま・すだち・ねぎを入れて、あとは醤油を回しかけ
「いただきま~す。」「あ~絶品!」
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ちなみに、この大根は有機栽培で自家製。醤油も自家製で
販売もしている。常連の人はよく買いにくるそうです。
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釜揚げうどんも当然おいしい。
熱~いおだしに、ねぎ・しょうが「あ~満足の一品!」






讃岐うどん 

讃岐うどん1
今回は名所ではなく「名物」
讃岐といえばうどん。うどんといえば讃岐うどんというくらい有名。
最近は全国区なって行列のできる店も多い。
金毘羅さんの周辺は「うどんどころ」少し紹介してみよう。


●山下うどん
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有名な「山下うどん」写真は醤油うどん。
うどんに大根おろしをのせて醤油をかけて食べるのが讃岐風。
大根おろしのあっさりとした、すこし辛味のあるところが、
うどんにからんでスルスルとのどを通る。
この店は、「ぶっかけうどん」も有名でうまい!
時間帯にもよるが行列は覚悟して行ってください。
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●宮武うどん
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ここも有名。「宮武ファミリー」という言葉があるくらいで、
ここから独立した店も多いという。メニューに「あつあつ」とか
「あつひや」とかあればたぶん「宮武ファミリー」だ
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休日には行列ができる店。
「手打ち」と「包丁切りうどん」にこだわりがあるという。
「うどん」も「げそ天」もうまいが、大将がすごい。
うどんを伸ばしながら、切りながら客の声は耳に入っている。
醤油うどんを注文して小さい声で「どのくらいかけるのかな?]
とつぶやくと、うつむいてうどんを切っていた大将が、「あまりかけると
辛いよ。少しにして足らなければまたかけて。」と一言。
聞こえていたんだ。びっくり!帰りに、みんなが注文したうどんの種類を
言うと、「みんなで、1360円」と即座に答える。それも作業しながら。
みんなびっくり!!

金毘羅さん 

四国の名所・名物・おいしいものなどをご紹介!
金毘羅さん
四国といえば、道後温泉・はりまや橋・鳴門の渦潮・
そして讃岐の金毘羅さん・・・。
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讃岐の金毘羅さんといえば、長~い石段が有名?
本宮まで785段。奥の社までは1368段もある。
参道には、讃岐うどんの店やお土産屋さんが並ぶ。
余裕があるのはこの辺りまで。
後はひたすら石段を見つめて?登る。ようやく門が見えてくるが
ここでホッとしてはいけない。まだまだ半分くらい。
金毘羅参拝-1

この門から中では商売をしてはいけないので、急に趣が変わる。
(例外は五軒の店。五人百姓という飴を売る店で、
女性が小さな机を並べて琥珀色の飴を売っている。)
金毘羅参拝 goninnbyakusyou

門を抜けると、春は桜が見事で、桜のトンネルの中を歩いているようで
心はずみ、ここまでの疲れもとれる?ようだ。
初夏は新緑の緑、秋は紅葉が素晴しい!
少し行くと博物館や、丸山応挙の作品が展示してあるところもある。
が、歩くことに一生懸命でそれを見る余裕も無いくらい。
広場が見えてくるのでここで一休み。(この後は石段が続くので・・・)
しばらく石段を登るとようやく大きい建物が見えてくるが、
本宮ではなくここは「旭社」という社。
金毘羅参拝-asahi

門をくぐり、手水所で手を清め、さあ最後の石段!
(余談だが手水所の手前に一段だけ下がる石段がある。)
これが下から見るとすごい。半分くらい登ると正面に本宮が見えてくる。
息を切らしながら本宮に参拝し、周りを見渡すと讃岐平野・
讃岐富士、そして瀬戸内海国立公園が一望!
疲れもどこかへ行ってしまうような絶景!
(でも疲れは残っています。明日は筋肉痛?)
ここから奥の社まではかなり遠く、行く人も少ない。
体力に自信がある人はどうぞ。

四国別格二十霊場(5) 

お大師様の道四国別格二十霊場5)
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●第十七番 満濃池大師神野寺(かんのじ)
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●本尊/薬師如来
●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/弘法大師
●香川県仲多度郡まんのう町神野
弘法大師が、嵯峨天皇の勅命により満濃池を修築。
そして、この地に寺を建て満濃池鎮護とした。
天正年間の兵火で伽藍を焼失し廃寺となる。
昭和9年大師一千百年御遠忌をむかえ再建された。



●第十八番 大師誕生ゆかりの地海岸寺(かいがんじ)
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●本尊/正観音・弘法大師誕生佛 
●宗派/真言宗醍醐派 ●開基/弘法大師
●香川県仲多度郡多度津町白方
弘法大師の誕生地としては善通寺が有名?だが、
「善通寺は、大師の父方にゆかりのある寺だが、
ここは母方ゆかりの寺であり、大師の誕生地はここである。」
として譲らない。



●第十九番 大師御作地蔵尊 嵯峨天皇勅願寺香西寺(こうざいじ)
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●本尊/延命地蔵菩薩
●宗派/真言宗大覚寺派 開基/行基菩薩
●香川県高松市香西西町211
奈良時代に行基により開基。
その後弘法大師が再建し、現在地に移したという。
嵯峨天皇の勅願寺に選ばれ、朱雀天皇の時談議所に選定された。
天正年間の兵火で焼失。後、再建されるも何度も失火で焼失し、
現在の建造物は、その一部分。



●第二十番 四国八十八ヵ所総奥の院 求聞持修法遺跡大瀧寺(おおたきじ)
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●本尊/西照大権現
●宗派/真言宗御室派 ●開基/行基菩薩
●徳島県美馬市脇町西大谷
別格霊場中最も高い海抜946mの大瀧山上にある。
奈良時代に行基が開基。弘仁6(806)年大師42歳、
2度目の登山の時に、男女厄難消除、万民安泰のため
西照大権現の像を彫り安置したという。
厄流しの寺として有名。



四国別格二十霊場(4) 

お大師様の道四国別格二十霊場4)
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●第十三番 護摩修法霊跡仙龍寺(せんりゅうじ)
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●本尊/弘法大師 
●宗派/真言宗大覚寺派 ●開基/弘法大師
●愛媛県四国中央市新宮町馬立1200
弘仁6年、弘法大師が42歳の時に登山し、
21日間護摩の修行をし、そのヶ自らの姿を彫り
安置したのが始まりという。
その本尊は「厄除け大師」「虫除大師といわれ
多くの信者が訪れるという。



●第十四番 金剛杖病封の霊跡椿堂(つばきどう)
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●本尊/延命地蔵菩薩・非核不動尊
●宗派/高野山真言宗 ●開基/弘法大師
●愛媛県四国中央市滝町椿堂
四国霊場六十五番札所三角寺より六十六番札所
雲辺寺に向かう途中にある。
弘仁6年(815)旅僧(弘法大師)がこの地を訪れ、
当時この地方に悪い熱病が流行し、住民が苦しんでいるのを知り
住民をここに集め、手にしていた杖を土にさして祈祷し、
病を杖とともに土に封じて去っていったという。
後に、この杖より椿が芽を出し成長。この椿を大師お杖椿とし、
この庵を椿堂と呼び、この地方の地名ともなったという。



●第十五番 金毘羅奥の院箸蔵寺(はしくらじ)
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●本尊/金毘羅大権現
●宗派/真言宗御室派 ●開基/弘法大師
弘法大師が、この山に金毘羅神のご神託を受け、
ご本尊を刻み安置し寺を開創したもの。
ここで行われる「箸供養」は全国的にも有名。



●第十六番 別格本山地蔵院萩原寺(はぎわらじ)
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●本尊/伽羅陀山火伏地蔵菩薩
●宗派/真言宗大覚寺派 ●開基/弘法大師
●香川県観音寺市大野原町萩原
大同2年弘法大師により開基。
朱雀天皇勅願談議所でもあった。
後には、細川勝元公の祈願所にもなる。
また県指定自然記念物の萩の名所としても有名。


四国別格二十霊場(3) 

お大師様の道四国別格二十霊場3)
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●第九番 遍路開祖衛門三郎旧跡文珠院(もんじゅいん)
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●本尊/地蔵菩薩・文珠菩薩
●宗派/真言宗醍醐派 ●開基/弘法大師
●愛媛県松山市恵原町308
四国遍路の開祖といわれる衛門三郎の屋敷跡。
衛門三郎は托鉢僧(弘法大師)の托鉢を竹ホウキで割ったため
8人の子供が次々と死んでいった。
「子供が死んだのは私のせいだ」と考えた三郎は、
大師の後を追いかけて札所を歩いたという。
これが遍路の始まりといわれている。
(詳しくは五十一番札所石手寺のところに書いています)


●第十番 求聞持修法遺跡興隆寺(こうりゅうじ)
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●本尊/千手観世音菩薩
●宗派/真言宗醍醐派 ●開基/空鉢上人
●愛媛県西条市丹原町古田1657
西暦642年空鉢上人により開基。
行基菩薩、報恩大師、弘法大師の入山もあり
歴代の皇室、武将、藩主等信仰者は多いという。
またここは、紅葉の参道としても有名。
秋には多くの観光客が訪れる。


●第十一番 生木地蔵生木地蔵(いききじぞう)
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●本尊/地蔵菩薩
●宗派/高野山真言宗 ●開基/弘法大師
●愛媛県西条市丹原町今井
弘法大師がこの地で楠の大木に延命地蔵菩薩を彫り開眼。
生木のお地蔵さんとして信仰を集めてきた。
昭和29年9月26日の台風にて楠は根元より倒れたが、
大師作のお地蔵様は倒れず、昔日の姿のままである。


●第十二番 いざり松、千枚通本坊延命寺(えんめいじ)
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●本尊/延命地蔵菩薩
●宗派/真言宗御室派 ●開基/行基菩薩
●愛媛県四国中央市土居町土居895
弘法大師が一人のイザリ松の辺りに有りしを憐れみ、
千枚通し霊符の一枚をイザリに授けるとたちまち全快。
後に得度し僧法忍となったという。

四国別格二十霊場(2) 

お大師様の道四国別格二十霊場2)
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●第五番 二ツ石大師遺跡大善寺(だいぜんじ)
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●本尊/弘法大師
●宗派/高野山真言宗 ●開基/弘法大師
●高知県須崎市西町1丁目2-1
大師が海難に困っていた人々のために、海岸に立つ
二つの大岩の上で、海上・陸上の往来安全を祈願し
寺を建立したのが始まりという。
高知県唯一の札所。
高台にあるため、本堂よりの眺めは太平洋を一望でき素晴しい!


●第六番 四国開創発願の寺龍光院(りゅうこういん)
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●本尊/十一面観世音菩薩
●宗派/高野山真言宗 ●開基/栄瑜上人
●愛媛県宇和島市天神町1-1
大師が四国各地で修行中に当地へ立ち寄り、
僻地ゆえに、都の文化の恩恵の影薄きを憂い
四国八十八ヶ所霊場の開創を発願し、大同元年に
成就されたのを記念し、建立した。


●第七番 大師雪中修行跡出石寺(しゅっせきじ)
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●本尊/千手観世音菩薩
●宗派/真言宗御室派 ●開基/道教法師(猟師作右衛門)
●愛媛県大洲市豊茂
養老二年(718)猟師作右衛門が狩に出て一匹の鹿を見つけ
まさに鹿を射殺そうとしたところ、突然全山振動して
光明赫赫と輝き、鹿の姿は消え鹿の立っていた足元の岩が
真っ二つに割れ、千手観世音菩薩・地蔵菩薩の像が、地中から
金色の光を放ちながら出現!作右衛門はこの後仏門に入り
自ら道教と名乗りこの仏像を本尊として安置し、
出石寺」と命名したという。


●第八番 大師御野宿の跡十夜ヶ橋(とよがはし)
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●本尊/弥勒菩薩
●宗派/真言宗御室派 ●開基/弘法大師
●愛媛県大洲市十夜ヶ橋
国道56号線沿いの札所。
橋げたの下に、布団を被った大師が眠っている。
かつて大師は、この橋の下で大寒の一夜を過ごす中
衆生速やかに彼岸に至らしめんと思い悩み、一夜を
十夜に感じたという詩を詠んだという。
お遍路さんが橋の上で杖をつかない風習も、
橋の下で過ごした大師に配慮してのことだそうだ。

四国別格二十霊場(1) 

お大師様の道
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四国別格二十霊場
弘法大師(空海)は八十八ヵ所の札所以外にも数多くの
足跡を残されていて、番外霊場として信仰を集めてきた。
そのうちの二十ヵ寺が集まって別格霊場を創設したもの。
八十八ヵ所に別格霊場を加えると「百八」となり、
「百八煩悩消滅お大師様の道」として、八十八ヵ所に
準じる霊場として参拝されてきた。
豊かな四国の自然環境の中、大師とともに「万能消滅の旅」に出かけ、
心を癒し豊かな人生を送る糧に・・・。


●第一番 大師中興遺跡大山寺(たいさんじ)
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●本尊/千手観世音菩薩
●宗派/真言宗醍醐派 ●開基/西範僧都、(中興)弘法大師
●徳島県板野郡上板町大山
西暦500年頃の開基、阿波仏法最初の道場。
弘法大師が阿波入国の時、堂塔を整えられ恵果和尚より授かったという
千手観世音菩薩を安置した。四国霊場開創の根拠地とされる。


●第二番 弘法大師御学問所童学寺(どうがくじ)
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●本尊/薬師如来
●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/行基菩薩
●徳島県名西郡石井町城の内
弘法大師が子供時代を過ごした場所。
学業成就や開運厄除けに霊験あらたか。
大師が実際に墨をする時に使っていた水が今でも湧いていて
このお加持水を持ち帰ることができるように容器が用意されている。


●第三番 穴禅定の寺慈眼寺(じげんじ)
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●本尊/十一面観世音菩薩
●宗派/高野山真言宗 ●開基/弘法大師
●徳島県勝浦郡上勝町正木
有名な穴禅定の寺。四国霊場二十番札所鶴林寺の奥の院でもある。
大師が19歳の時この地で修行中、夢のお告げにより
不思議な鍾乳洞を発見。洞窟の邪気払いのため護摩をたいて清め、
悪魔悪竜を洞窟の壁に封じ込め、衆生のため結縁潅丁の秘法を
修したとされ、崇信者が多い。僅か100mほどの洞窟だが、
導師の言われる通りしないと進むことはできない。
ちなみに筆者は入れない(体重90kg)あしからず。


●第四番 大師修法の旧跡鯖大師本坊(さばだいしほんぼう)
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●本尊/弘法大師
●宗派/高野山真言宗 ●開基/行基菩薩
●徳島県海部郡海陽町浅川
その昔、弘法大師をののしった馬子の馬が病気になり
積荷の塩鯖を差し出して、大師に治してくれるよう頼んだという。
その塩鯖を大師が海に放つと生き返って泳いだという伝説から
鯖を3年絶って祈願すると願い事がかなうといわれている。
交通安全の守り神「馬頭観世音菩薩」も安置されている。


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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました