四国霊場八十八ヵ所

四国(霊場)は弘法大師と心を通わせる聖地! 四国が誇る文化遺産四国霊場八十八ヵ所を紹介! でもあまり難しく考えずにお気軽に・・・。

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民衆仏教の幕開け

民衆仏教の幕開け!
延暦13年(794)桓武天皇は、腐敗した仏教界に毒された
律令体制の立て直しをはかり、都を平安京に遷都。
平城京遷都では、有力寺院も新都に移されたが、
平安京に移る時は奈良に残してきた。
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戦乱・天災・疫病等で世は乱れ、民衆は末法の世におびえ
南都(奈良)仏教に替わる新しい仏教が切望されていた。
そんな時に登場したのが、唐から帰ってきた二人の留学僧
最澄と空海(弘法大師)だった。
最澄の開いた天台宗と、空海が開いた真言宗は、
ともに鎮護国家の仏教としての役割を果たすとともに、
得度・受戒の権限を国家から取り戻し、民衆救済の
実践仏教の基盤となる。
それは現代につながる日本の仏教の源となっている。

(浄土真宗本願寺派総本山 西本願寺)
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鎌倉時代になると、法然の浄土宗(念仏による往生を説く)
栄西の臨済宗・道元の曹洞宗(宋から禅を伝える)
法然の弟子・親鸞の浄土真宗(本願念仏による往生を説く)
そして日蓮の日蓮宗(唱題目による永遠の救いを説く)などの
仏教宗派が成立した。
平安時代までの国家や貴族中心の「旧仏教」に対し、
「鎌倉新仏教」は、万民を救済の対象としており、
念仏・禅・題目と、その教えは分かりやすく、また誰にでも
できることから、民衆の心をつかんでいった。
また、開祖がいずれも比叡山で修行し、そこから離脱して
新しい教えを創立したという共通点を持つ。
とはいえ、鎌倉新仏教の基礎は、最澄そして空海(弘法大師)が
築いたものといえよう。

※末法とは?
  釈迦の死後を正法・像法・末法の三つの時代に分ける。
  釈迦の教えが正しく行われている時代が正法、
  やがて形だけの像法の時代になり、末法になると
  仏道修行をしても効果が無いとされる。
  最澄は永承7年(1052)に末法に入ると説き、戦乱や
  災害が続く毎日に、民衆も危機感を抱いていた。

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  • 2008-04-28
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真言宗の流れ

真言宗の流れ
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平安時代初期、空海(弘法大師)によって唐より伝えられた真言密教は、
真言宗として発展し、空海の入定後も、高野山や東寺等を中心に
多くの名僧を輩出し全国に広まった。
そして、その一方で多くの流派に分裂していった。
大きく分けると、新義真言宗と古義真言宗となる。

(真言宗豊山派総本山 長谷寺)
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新義真言宗は、興教大師覚鑁(かくばん)に始まる法流である。
高野山座主であった覚鑁は、高野山の衆徒たちとの対立で
高野山をおりて、根来寺に活動の場を移した。
現在では、真言宗豊山派(総本山 長谷寺)、真言宗智山派
(総本山 智積院)、そして根来寺を総本山とする新義真言宗
の三つが、その流れをくむ。

(真言宗智山派総本山 智積院)
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新義真言宗に対し、高野山に残った流れを古義真言宗と呼ぶ。
高野山真言宗(総本山 金剛峯寺)、真言宗醍醐派(総本山 醍醐寺)
東寺真言宗(総本山 教国護国寺・東寺)、真言宗泉湧寺派
(総本山 泉湧寺)、真言宗山階派(総本山 観修寺)、真言宗御室派
(総本山 仁和寺)、真言宗大覚寺派(総本山 大覚寺)、真言宗善通寺派
(総本山 善通寺)、真言律宗(総本山 西大寺)等。

(東寺真言宗総本山 教王護国寺・東寺)
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しかし、新義真言宗も古義真言宗もともに真言宗であり
空海(弘法大師)の思想を受け継いでいるので、
大きな違いがあるわけではない。

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  • 2008-04-28
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弘法大師(空海)と高野山 2

弘法大師(空海)と高野山 (その2)
(四国別格霊場第六番 龍光院に立つ大師像)
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四国霊場八十八ヵ所を回り終えたお遍路さんは高野山へ参拝する。
本堂である金剛峯寺にも参拝するが、お遍路さんの目的(?)は
奥の院(弘法大師御廟)である。
真言宗では、弘法大師が他界されたことを入滅・入寂とは言わず
「入定(にゅうじょう)された」という。
これは、「大師は亡くなられたのではなく、大日如来の世界に
帰一されて生きつづけており、衆生を救ってくださる。」という
信仰によりものである。ゆえに、お遍路さんは大師が入定された
高野山「奥の院」に大師を慕い参拝するのである。
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一の橋から奥の院「弘法大師御廟」の間には墓原が広がる。
ここには、たくさんの墓碑が林立し、その墓域を彩る人物も多彩である。
ここに宗派を問わずおびただしい墓が営まれることになったのは、
この山が弥勒菩薩の下生の地と広く信じられたことによるという。
釈迦入滅後56億7000万年後に現れ衆生を救うという弥勒菩薩が
下りてくる地が高野山だということは、弘法大師も「御遺告」の中で
言明している。そのため人々は死後もその救済にあずかろうとして
ここ高野山に墓所を設けることに努めた。
戦国時代以降この傾向は特に加速を見る。
それは、常に死と向かい合っている戦国大名たちが、高野山に
信仰を寄せ、死後の菩提を祈念しようとしたからである。
また、秀吉や徳川幕府などの時の権力者たちが、高野山を
あつく保護したことが、高野山の霊性を高めた。
江戸時代には幕府が21000石の寺領を認め、外護を明確にしたので
山内には大小の塔堂が建ち、それぞれに各地の大名家と関係を持ち
繁栄したという。
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弘法大師入定信仰
空海(弘法大師)は生前、密厳浄土と即身成仏を説いた。
また、空海は密教の理解と実践において、いかなる人物の
追随をゆるさない卓越した第一人者であった。
そのため、空海が没した時「空海は、見事即身成仏をとげた」
という信仰が生じたといえる。
繰り返すが、即身成仏は死ではない。生きながら仏になることである。
だから空海は死んだのではなく、今なお生きて永遠の禅定に入り、
衆生を見守り続けている。と弟子たちや信者はそう信じた。
このようにして成立した空海の入定信仰は、高野山の教義の
一大特色をなしており、山内では現在でも弘法大師御廟の前に
毎日、食事やお茶をお供えしている。

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  • 2008-04-25
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弘法大師(空海)と高野山

弘法大師(空海)と高野山 (その1)
(高野山真言宗総本山・金剛峯寺)
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高野山は標高850mの紀伊山地に開いた東西5.5km、
南北2.2kmの盆地状の地で周囲は、転軸山・楊柳山・弁天岳・
摩尼山など八つの峰々に囲まれている。
その有様はあたかも巨大な八枚の蓮の花弁のようだ。
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(雪のちらつく高野山金剛峯寺)

弘仁7年(816)に、真言密教修禅寺院の金剛峯寺建立を
嵯峨天皇に願い出て許される。
金剛峯寺は「金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祗経」
(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)から名づけられたもので
高野山の総称である。(現在は総本山である金剛峯寺をさす)
空海は、真言密教思想を具現化する独特の伽藍建立をめざしたという。
が、その造営は空海一代では終わらず、空海の弟子の二世真然の代に
もちこされ、金剛峯寺の伽藍が整備されたのは、空海入定から
54年後のことであったという。
また1200年にも及ぶ高野山の歴史を見ると、落雷の直撃を受け
諸堂がほとんど灰燼に帰すなど、伽藍焼失と再建を繰り返し、
荒廃を極めたこともある。しかしそのたびごとに、高野山に対する
人々の厚い信仰心や、朝廷・公家や武士などの外護者により
不死鳥のようによみがえってきた。
こうした中で、高野山は宗派を越えた「幅広い仏教信仰霊場の山」
という性格を強めていった。
その信仰の根底には「高野山は弘法大師空海入定の霊山である」
とする、高野山浄土信仰観が流れている。
(※入定とは、生死を超えた境地に入ること)
中世になると、高野山は戦国武将なみの武力を持ち、
信長や秀吉から討伐の兵を差し向けられるというようなこともあった。
近代に入り、明治の廃仏毀釈の嵐をくぐりぬけ、教団の近代化に
つとめた高野山は、東寺とともに古義真言宗の総本山となった。
昭和21年には高野山真言宗を設立し現在に至っている。
現在の高野山は壇上伽藍と呼ばれる根本大塔・金堂不動堂・
御影堂などがある地域、金剛峯寺・明王院などからなる本中院谷
さらに千手院谷、そして、弘法大師の御廟がある奥に院に分かれている。

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  • 2008-04-24
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第八十八番札所 医王山 大窪寺

医王山 大窪寺(いおうざん おおくぼじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


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●宗派/真言宗大覚寺派 ●開基/行基
●香川県さぬき市多和兼割96
八十七番札所から約17km 徒歩約4時間
駐車場50台(無料)境内まで徒歩2分

遍路の締めくくりの「結願寺(けちがんじ)」
深山の木々に包まれた境内は、春は桜、初夏には藤
秋には紅葉、冬は雪景色と四季折々に美しい。
が、冬には道路が凍結することもあるので注意が必要。
(1月に行った時の手水場。水がそのままの形で凍っていた。)
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養老年間に行基が堂を建立したのが始まりとされる。
その後、弘法大師が薬師如来を刻んで本尊とした。
ふつう薬師如来は左手に薬壺を持つが、この寺の薬師如来は
薬壺のかわりに法螺貝をもった珍しいもので、その法螺貝で
すべての厄難諸病を吹き払うという。(秘仏になっている)
この時大師は、唐の恵果和尚から授かった、三国(インド・唐・日本)
伝来の錫杖も納めている。
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古くから多くの信仰を集め、僧坊も100を超えるほどだったという。
また、早くから女性の入山を許したので「女人高野」とも呼ばれ、
栄えていたが、天正の兵火で焼失。
その後、高松藩主が再興したが、明治33年の火災で堂塔を焼失。
二天門を除く建物はその後再建されたもの。

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八十八番札所の納経

☆一口メモ/奉納金剛杖
        境内には、結願したお遍路さんが奉納した
        金剛杖や菅笠が大量に置かれている。
        これは八十八の札所を無事巡り終えた証でもある。

       /結願証明書
         納経書で申し込めば結願証明書を発行してくれる。
         四国八十八ヵ所を巡り終わった記念にぜひどうぞ・・・

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  • 2008-04-23
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第八十七番札所 補陀洛山 長尾寺

補陀洛山 長尾寺(ふだらくざん ながおじ)
●本尊/聖観世音菩薩
●真言/おん あろりきゃ そわか


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●宗派/天台宗 ●開基/行基
●香川県さぬき市長尾西653
八十六番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場50台(無料)納経所横

長尾の商店街に近く、町の人からは「お観音さん」と親しまれ、
近隣住民の憩いの場ともなっている。
また、毎年正月7日には大鏡餅と三宝(あわせて180kg)を
持ち上げて歩いた距離を競う「大鏡力餅運搬競技大会」が行われる。
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天平年間に行基が柳の木に聖観音を彫り安置したのが始まり。
大同年間(806〜810)弘法大師が唐へ渡る前に訪れて
年頭七夜の護摩祈祷を行った。
唐から帰国後、大師は入唐の大願成就を感謝し、
大日経一字一石の供養塔を建てたという。
その後、兵火により堂宇を焼失。慶長年間(1596〜1614)に
讃岐国守により再興され、後、高松藩主により庇護され、
松平家の祈願寺となった。
本堂は松平頼重により建てられたもので、
葵の紋入りの丸瓦が残っている。
本尊の聖観音像は、たびたびの火災にも不思議に無事で、
秘仏としてまつられている。
松平頼重はこの本尊を、讃岐の主な観音像7体の中でも
随一だとして「当国七観音随一」と指定したという。

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八十七番札所の納経

☆一口メモ/経憧(きょうどう)
        経憧とは、写経を埋めた上に立てるもので
        仁王門前に左右一対で立っている。
        西側のものには「弘安六年七月」、
        東側のものには「弘安九年五月」とあり、
        元寇の役の犠牲者のために立てられたものと思われる。
        国の重要文化財に指定されている。

       /静御前剃髪塚        
         静御前がこの寺で得度した時に
         剃髪した髪を埋めたという。

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  • 2008-04-23
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第八十六番札所 補陀洛山 志度寺

補陀洛山 志度寺(ほだらくざん しどじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


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●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/藤原不比等
●香川県さぬき市志度1102
八十五番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場30台(無料)裏門横

堂々とした造りの仁王門(重要文化財)は、
日本有数の名門と称えられ、その中に収められた仁王像は、
鎌倉時代の運慶作といわれている。
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広い境内には、左手に五重塔、右手には書院が建っている。
奥に広がる3000坪の庭は有名。
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推古天皇33年(625)創建と伝わる古寺。
薗子という尼が霊木で本尊を彫り、お堂を建てたのが始まり。
その後、藤原不比等が妻である海女の墓を建立して、
「死度道場」と名づけた。その息子の房前(ふささき)が
行基とともに堂宇を拡張し、僧侶の学問所や修行の場となった。
本堂は、仁王門とともに讃岐藩主が寛文10年(1671)に
寄進したもので、本尊とともに重要文化財に指定されている。

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八十六番札所の納経

☆一口メモ/海女の墓
        房前が母の供養のために建立した1000基の
        石塔の一部といわれ、約20基が並んでいる。
      
       /曲水式庭園・無染庭(むせんてい)
         3000坪の広さがある庭園は、室町時代の
         四国管領・細川氏が代々寄進して作らせたもので
         京都の竜安寺石庭を作った、細川勝元が完成させた。
         (見学料/大人200円)

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  • 2008-04-23
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第八十五番札所 五剣山 八栗寺

五剣山 八栗寺(ごけんざん やくりじ)
●本尊/聖観世音菩薩
●真言/おん あろりきや そわか


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●宗派/真言宗大覚寺派 ●開基/弘法大師
●香川県高松市牟礼町牟礼3416
八十四番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場400台(無料)ケーブル登山口前
(八栗ケーブル/大人往復900円・片道4分)

可愛い流線型のケーブルカー4分で山上駅に着く。
(遍路道を登ると約30分かかる)
八栗寺本坊の前を左に行くと細長い境内が開かれ
多宝塔、大師堂、本堂、聖天堂等の堂塔が並ぶ。
本堂背後のゴツゴツした山が五剣山。
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入唐前の弘法大師がこの山に八つの焼き栗を埋めて
旅の無事を祈願したという。
帰国後、当地を訪れ求聞持法(ぐもんじほう)を修した時、
天から五本の剣が降ってくるとともに蔵王権現のご神託が
あったという。また、八つの栗も無事に成長していたので、
「五剣山八栗寺」と号した寺を建立したという。
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天正の兵火により焼失。文禄年間に無辺上人が再建。
江戸時代には藩主松平家が諸堂を再建し、松平家の祈願寺とした。
そのため、屋根には葵の紋が入っている。
本尊の聖観世音菩薩は等身大で弘法大師の作といわれている。

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八十五番札所の納経

☆一口メモ/聖天堂
        「八栗の聖天さん」とも呼ばれ、札所でも珍しい
        歓喜天霊場としても知られている。
        本尊は象頭人身の男女の神が抱き合った姿をしていて
        高さ15cmの黄金の像で50年に一度しか開帳しない秘仏。
        商売繁盛、夫婦円満にご利益があるといわれている。

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  • 2008-04-22
  • 涅槃の道場 香川県
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第八十四番札所 南面山 屋島寺

南面山 屋島寺(なんめんざん やしまじ)
●本尊/十一面千手観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく


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●宗派/真言宗御室派 ●開基/鑑真和上
●香川県高松市屋島東町1808
八十三番札所から約17km 徒歩約4時間
駐車場400台(屋島ドライブウェイ通行料610円)山上駐車場

源平の合戦で有名な景勝地・屋島。
寺はその山頂にあり、瀬戸内海の風光をめでながら向かう。
天平勝宝5年(753)、唐の名僧・鑑真(がんじん)和上が
屋島北嶺にお堂を建てたのがこの寺の始まり。
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後に弘法大師が、北嶺似合った寺を現在の南嶺に移し
伽藍を造営して霊場と定めた。
境内には、鎌倉時代後期に建てられた本堂(重要文化財)
をはじめ、大師堂、三体堂、熊野権現社、蓑山大明神などの
諸堂が並んでいる。(本尊の十一面千手観世音菩薩も重要文化財)
また、源平合戦にゆかりの伝説等も多く観光客でにぎわっている。

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八十四番札所の納経

☆一口メモ/蓑山(みのやま)大明神
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アニメ「平成狸合戦ぽんぽこ」にも登場した、
日本三大タヌキの一つ「」を祀っている。
太三郎狸は四国狸の総大将で、屋島に異変のあるときは
直前に屋島寺住職に知らせたという。
家庭円満・縁結び・水商売の神様。

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  • 2008-04-20
  • 涅槃の道場 香川県
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第八十三番札所 神毫山 一宮寺

神毫山 一宮寺(しんごうざん いちのみやじ)
●本尊/聖観世音菩薩
●真言/おん あろりきゃ そわか


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●宗派/真言宗御室派 ●開基/義淵(ぎえん)僧正
●香川県高松市一宮町607
八十二番札所から約15km 徒歩約4時間
駐車場60台(無料)西門前

もとは、田村神社の別当寺だったが、江戸時代に
別当職を解かれ仏教の寺となった。
高松市郊外の田園地帯にある。
田村神社の鳥居と向かい合わせにある仁王門をくぐると
クスノキの大木に下に、こじんまりとした本堂がある。
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大宝年間に義淵僧正が開基し、当初は法相宗の寺だった。
諸国に一宮が建立された時、行基によって堂宇を修築。
寺号を「一宮寺」としたという。
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大同年間には、弘法大師が聖観世音菩薩を刻み、本尊として安置。
宗派も真言宗に改められたという。
天正年間に兵火により焼失。
本堂は元禄14年(1701)に松平家により再興された。

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八十三番札所の納経

☆一口メモ/地獄の釜
        本堂手前の左側には石の祠(薬師堂)がある。
        ここに頭を突っ込むとゴーっという地獄の釜の音が
        聞こえるという。
        ただし、邪悪な心の持ち主が頭を突っ込むと、
        石の扉が閉まり頭が抜けなくなるという言い伝えがある。
        心当たりがある人はご注意を・・・。

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  • 2008-04-19
  • 涅槃の道場 香川県
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第八十二番札所 青峰山 根香寺

青峰山 根香寺(あおみねざん ねごろじ)
●本尊/千手観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく


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●宗派/天台宗単立 ●開基/弘法大師・智証大師
●香川県高松市中山町1509
八十一番札所から約8km 徒歩約2時間
駐車場20台(無料)山門前

五色台の青峰山中にあり、深い緑に包まれている。
杉木立の中にある山門をくぐると、一旦石段を下り、
木々に包まれた参道を通り、石段を上っていくと境内。
庭越しに本堂が見えてくる。
参道沿いや境内には楓の木が多く、そのシーズンには
全山が赤く染まって素晴しい!
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弘法大師が入唐前に五色台を訪れた時、五つの峰に
金剛曼荼羅の五智如来を感得され、五大明王をまつったという。
その後、弘法大師の甥の智証大師がこの寺を訪れ、
千手観世音菩薩を刻みこれを本尊とした。
弘法大師が開いた花蔵院と智証大師が開いた千手院
この二つをまとめて「根香寺」と号したという。
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天正年間に兵火によって焼失。江戸期に高松藩主により再建された。
本尊の千手観音像は重要文化財に指定されており、
33年に一度開帳される秘仏。
前回は平成15年に開帳されたので、次は平成48年の予定。

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八十二番札所の納経

☆一口メモ/牛鬼伝説
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400年前、この山に「牛鬼」という怪獣?が出現し人畜を害した。
困った人々は山田蔵人高清という弓の名手に退治を頼み、
高清は、この寺の千手観音に願をかけ、牛鬼を退治したという。
門前にその像が立っているが、怖くもあり、どことなく
ユーモラスな姿でもある。

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  • 2008-04-18
  • 涅槃の道場 香川県
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第八十一番札所 綾松山 白峯寺

綾松山 白峯寺(りょうしょうざん しろみねじ)
●本尊/千手観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく


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●宗派/真言宗御室派 ●開基/弘法大師
●香川県坂出市青海町2635
八十番札所から約14km 徒歩約3時間
駐車場(100台)山門前と参道入り口

五色台の一峰、標高337mの白峰山に建つ。
七つの棟がある珍しい七棟門(国の重要文化財)をくぐり境内へ
崇徳上皇の御廟所「頓証寺殿(とんしょうじでん)」を右に曲がると
94段の石段があり上った正面に本堂。左右に阿弥陀堂と大師堂が並ぶ。
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弘法大師が宝珠を埋めて霊場と定め、のちに智証大師が
瀬戸内海を漂っていた霊木で千手観世音菩薩を刻み、
本尊として安置したという。
保元の乱により讃岐に配流された崇徳上皇は、
長寛2年(1164)崩御。白峰御陵に葬られたが、
都にたびたび変事が続くので、朝廷はこの寺に
上皇の霊をまつる御廟所「頓証寺殿」を建立したという。
崇徳上皇崩御の3年後、西行法師が御廟に詣で、
上皇の御霊と歌を詠み交わしたという伝説もある。

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八十一番札所の納経

☆一口メモ/頓証寺殿(とんしょうじでん)
        崇徳上皇の御廟所。
        中央に上皇宸筆の六字名号。
        向かって右に上皇の念持仏十一面観音。
        左に、鎮護の相模坊大権現をまつる。

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  • 2008-04-17
  • 涅槃の道場 香川県
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第八十番札所 白牛山 国分寺

白牛山 国分寺(はくぎゅうざん こくぶんじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく


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●宗派/真言宗御室派 ●開基/行基
●香川県高松市国分寺町国分2065
七十九番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場20台(無料)山門前

天平年間に聖武天皇の勅願により
全国に建立された国分寺の一つ。
行基が十一面観世音菩薩を安置して開基。
弘仁年間に弘法大師が本尊を修復し、堂塔を増築したといわれる。
今も境内に残る金堂や塔跡の巨大な礎石からも、その当時の
大伽藍の規模がうかがえる。
その後、天正年間に兵火にかかり、本堂と鐘楼を残して伽藍を焼失。
慶長年間に、讃岐国守によって再建。
鎌倉時代に再建された入母屋造りの大きな本堂と、
60年に一度開帳されるケヤキの一本造りの本尊、
奈良時代に鋳造された梵鐘が、国の重要文化財。
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参道両端には四国霊場八十八ヵ所の本尊の石仏が並び、
境内には縁結社や地蔵堂、閻魔堂等の
さまざまなお堂や社が点在している。
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また境内には、たくさんの松が植えられており、
見事な枝ぶりで、お遍路さんの心をなごませてくれる。

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八十番札所の納経

★一口メモ/金堂跡礎石        
        本堂前に点在する、旧金堂の跡。
        33個がほぼ原位置で残っている。
        これをもとに建物を復元すると、
        東西28m南北14mもの建物になるという。
        また、塔跡の礎石は15個あり、これから
        高さ28m一辺10mの七重の塔が復元できるという。
        どちらも国指定史跡となっている。

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  • 2008-04-17
  • 涅槃の道場 香川県
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第七十九番札所 金華山 天皇寺

金華山 天皇寺(きんかざん てんのうじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


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●宗派/真言宗御室派 ●開基/弘法大師
●香川県坂出市西庄町字八十場1713-2
七十八番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場5台(無料)

鳥居の右に白峰宮の標識、その右に天皇寺と刻まれた石碑がある。
弘仁年間に弘法大師が、近くにある「八十場(やそば)の泉」で
霊気を感じ、十一面観音を刻んで安置したのが始まり。
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保元の乱(1156)で讃岐に配流された崇徳天皇の棺が
この寺に安置されたことから、二条天皇が崇徳天皇社を建立。
寺は崇徳天皇社の別当となり、天皇寺と改名した。
明治時代の神仏分離により崇徳天皇社と天皇寺は二分。
現在崇徳天皇社は白峰宮となっている。
※かつて天皇寺は「高照院(こうしょういん)」の院号で知られていた。

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七十九番札所の納経

☆一口メモ/八十場の泉
        「弥蘇場の泉」とも書く。
        天皇寺から50mほど西にあり、七十九番元札所。
        景行天皇の時代、悪魚の毒にあたった88人の
        兵士の命を救ったという伝説がある。
        古くから霊地とされていた。

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  • 2008-04-16
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第七十八番札所 仏光山 郷照寺

仏光山 郷照寺(ぶっこうざん ごうしょうじ)
●本尊/阿弥陀如来
●真言/おん あみりた ていせい からうん


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●宗派/時宗 ●開基/行基
●香川県綾歌郡宇多津町1435
七十七番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場100台(無料)境内すぐ下

神亀2年(725)行基により開基。
その後、弘法大師が42歳の時、阿弥陀如来の霊瑞を観じ、
真言密教の霊地と定め、自作の尊像を刻み安置し、
厄除けの誓願をなされたと寺伝にある。
今日でも「厄除け・うたづ大師」として厚い信仰を集めている。
本堂は、江戸初期に再興されたもので、奈良の寺院によく見られる
奈良様式の屋根は、四国霊場では珍しい。
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四国霊場なのになぜ真言宗ではなくて時宗なのか?
当時は真言宗で「道場寺」と称していたが、時宗の開祖
一遍上人により中興。その後兵火により焼失。寛文年間に
高松藩主により再興。その時に一遍上人をしのんで時宗に改め
七十七番道隆寺とまぎらわしいので、「郷照寺」と改めたという。
四国霊場で唯一、真言・念仏二教の法門が伝わる。

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七十八番札所の納経

☆一口メモ/庚申堂
        本堂近くの庚申堂には、青面金剛が、
        3匹の猿を従えて安置されている。
        青面金剛(しょうめんこんごう)は
        病気平癒に御利益があるといわれている。
        

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  • 2008-04-16
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第七十七番札所 桑多山 道隆寺

桑多山 道隆寺(そうたざん どうりゅうじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


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●宗派/真言宗醍醐派 ●開基/和気道隆
●香川県仲多度郡多度津町北鴨1-3-30
七十六番札所から約4.5km 徒歩約1時間
駐車場30台(無料)山門前

この地の豪族・和気道隆が光を放つ桑の大木に矢を射ると
乳母に当たって亡くなってしまう。
供養のために、その桑の木で薬師如来を刻み堂を建て安置。
それがこの寺の始まりとされる。後に、弘法大師が札所に定め
薬師如来を刻み、道隆の彫った薬師如来を胎内に納め
本尊としたという。「腹ごもり薬師」「二体薬師」とも呼ばれ、
50年に一度開帳される。
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またこの寺は「目なおし薬師」としても有名。
全国から眼病平癒祈願の人々が数多く訪れるという。

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七十七番札所の納経

☆一口メモ/潜徳院殿堂
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左手奥にある潜徳院殿堂御廟は、眼病の名医だった
御典医・京極左馬造の廟所で、左馬造は盲目だったが
薬師如来の霊験で視力を回復し、御典医として活躍したという。
堂内には年の数だけ「め」の文字を書き込んだ、
眼病平癒の祈願札が、びっしり奉納されている。
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/愚痴聞き地蔵
最近できたものだが、愚痴を聞いてくれる可愛いお地蔵さん。
片方の手は耳に、もう一方の手は讃岐らしく、うどんを持っている。

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  • 2008-04-15
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第七十六番札所 鶏足山 金倉寺

鶏足山 金倉寺(けいそくざん こんぞうじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


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●宗派/天台寺門宗 ●開基/和気道善
●香川県善通寺市金蔵寺町1160
七十五番札所から約4km 徒歩約1時間
駐車場50台(200円)境内入り口

園城寺を本山とする天台寺門宗の別格本山。
天台(延暦寺)5代座主で、天台寺門宗の開祖である
智証大師(ちしょうだいし)の誕生地として知られる。
(智証大師は弘法大師の甥にあたる)
その祖父で、この地の豪族・和気道善(わけのどうぜん)が建立。
当初は道善寺と証していた。
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その後、唐から帰ってきた智証大師が、先祖の菩提を弔うため
唐の青龍寺を模して伽藍を造営し、薬師如来を刻んで安置。
その後、嵯峨天皇の勅命により金倉寺と改名したという。
本尊の薬師如来は秘仏だが、正月三が日のみ開帳される。
この寺も、度重なる兵火により焼失し、現在の本堂は
昭和に入ってから改築されたもの。

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※明治時代の後期には乃木希典(のぎまれすけ)がこの寺で寓居した。
 境内には「乃木希典妻返しの松」がある。

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七十六番札所の納経

☆一口メモ/讃岐の五大師
        大師の称号を得るということは僧にとって最高の名誉。
        大師堂にはその中の二人の像が安置されている。
        (智証大師と弘法大師)
        他の三人は、道興、法光、理源の各大師を言う。
      
       /訶梨帝堂(かりていもそん)
        本堂のすぐ横にあり訶梨帝母尊を祀っている。
        訶梨帝母尊とは鬼子母神のこと。
        智証大師が5歳の時、訶梨帝母尊が現れ、
        「仏門に入るなら、ずっと護ってやる」と伝えたという。
        

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  • 2008-04-14
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第七十五番札所 五岳山 善通寺

五岳山 善通寺(ごがくざん ぜんつうじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


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●宗派/真言宗善通寺派総本山 ●開基/弘法大師
●香川県善通寺市善通寺町3-3-1
七十四番札所から約1.5km 徒歩約30分
駐車場200台(200円)境内入り口

善通寺は弘法大師のご誕生の地として知られる。
真言宗善通寺派の総本山でもあり、高野山金剛峰寺、
京都東寺と並ぶ、弘法大師三大霊場の一つに数えられる。
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その広大な境内は、4万5000平方メートルにも及び、
金堂と呼ばれる本堂をはじめ五重塔、常行堂、三帝御廟などがあり
東に赤門、西に中門、南に大門のそれぞれから入れるようになっている
東院と、御影堂(みえどう)と呼ばれる大師堂がある西院に別れている。
(西院は誕生院とも呼ばれ、大師個人にまつわるところ)
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唐から帰った大師が、父・佐伯善通の寄進した四町四方の地に、
唐の青龍寺を模した寺を6年がかりで建てたと伝わっている。
また、ここ善通寺には国宝をはじめ寺宝が数多くある。

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七十五番札所の納経

☆一口メモ/戒壇めぐり        
        御影堂の地下にある約100mの通路。
        前を歩く人も見えない真っ暗闇の空間。
        「悪行のある人は出られない」と言われているが
        大師を慕いながら歩けば、いずれ大師が明るい灯を
        灯してくれるという。宝物館拝観と合わせて500円。

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  • 2008-04-14
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第七十四番札所 医王山 甲山寺

医王山 甲山寺(いおうざん こうやまじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


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●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/弘法大師
●香川県善通寺市弘田町1765
73番札所から約2.5km 徒歩約40分
駐車場30台(無料)境内入り口

小高い甲山(かぶとやま)の麓にある甲山寺。
この辺りは弘法大師の故郷で、幼少のころよく遊んでいた所だという。
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曼荼羅寺と善通寺の間に寺を建てる霊地を探していた大師が、
一人の翁のお告げに従い、毘沙門天を石に刻んで洞窟に祀ったのが
甲山寺の始まりと伝えられる。
その後、決壊した満濃池の修復工事を朝廷から任された大師は、
工事を指揮し、わずか3ヶ月で完成させたと伝えられている。
その功労金で甲山に堂宇を建立、本尊の薬師如来を安置したという。
山の形が毘沙門天の甲冑の形に似ているので、寺号を
甲山寺とし、札所に定めたといわれている。

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七十四番札所の納経

☆一口メモ/満濃池
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弘法大師が治水工事を行った溜め池。
周囲19.7km、貯水量1540万tにも及ぶ四国最大級の溜め池。
水不足に悩む讃岐には溜め池が多い。

/岩窟の毘沙門天
甲山寺の縁起となった毘沙門天を安置している岩窟。
大師堂の隣にあり、翁がこの岩窟から現れて、
お告げを告げたといわれている。

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  • 2008-04-12
  • 涅槃の道場 香川県
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第七十三番札所 我拝師山 出釈迦寺

我拝師山 出釈迦寺(がはいしざん しゅっしゃかじ)
●本尊/釈迦如来
●真言/のうまく さんまんだ ぼだなん ばく


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●宗派/真言宗御室派 ●開基/弘法大師
●香川県善通寺市吉原町1091
七十二番札所から約0.5km 徒歩約5分
駐車場10台(無料)参道横

曼荼羅寺を出て山道を5分ほど登ると、標高481mの
我拝師山を背後にした出釈迦寺が見えてくる。
ちょっと小ぶりで簡素だが、堂々とした風格を漂わせる楼門をくぐると
こじんまりとした境内に、軒を連ねた本堂と大師堂がある。
右にあるのが大師堂。ここに安置されている大師像は、
緋色の衣を身につけている。これは定期的に新調されているとか。
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仏の道に進む事を決意した7歳の弘法大師が、我拝師山に登り
「仏門に入って多くの人を救いたい。この願いが叶うならば
釈迦如来よ現れたまえ。もし願いが叶わぬならば、
一命を捨ててこの身を諸仏に捧げる」と願をかけ、
断崖絶壁に身を投げたところ、釈迦如来と天女に
抱きとめられたという逸話が残っている。
大師は後に釈迦如来の像を刻み、本尊として安置。
堂宇を立てて出釈迦寺としたという。

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七十三番札所の納経

☆一口メモ/捨身ヶ嶽禅定
        我拝師山の頂上に立つ奥の院。
        境内から約1.8km、歩いて40分の登り。
        さらに100m先に護摩壇と稚児大師像が立っている。
        そこが大師が身を投げた場所。
        下は谷底だが、讃岐平野から瀬戸内海まで見渡せる
        眺望が目前に広がる。

       /奥の院遥拝所
        本堂左の石段を少し登った所にあり、捨身ヶ嶽禅定に
        登れない人が参拝する所。
        ここで念仏を唱えると捨身ヶ嶽禅定に登ったことと
        同じご利益が得られるそうな。

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  • 2008-04-11
  • 涅槃の道場 香川県
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第七十二番札所 我拝師山 曼荼羅寺

我拝師山 曼荼羅寺(がはいしざん まんだらじ)
●本尊/大日如来
●真言/おん あびらうんけん ばざら だどばん


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●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/弘法大師
●香川県善通寺市吉原町1380-1
七十一番札所から約5km 徒歩約1時間10分
駐車場6台(無料)境内裏

曼荼羅寺の歴史は古く、推古4年(596)弘法大師の祖先である
佐伯氏の氏寺として建立された。
大同2年(807)唐から帰国した大師は、亡き母の菩提を弔うため
青龍寺を模して伽藍を立て、大日如来を刻んで本尊とした。
この時、唐から持ち帰った金剛界と胎蔵界(たいぞうかい)の
曼荼羅も安置。寺号も