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涅槃の道場 香川県の記事一覧

第八十八番札所 医王山 大窪寺 

医王山 大窪寺(いおうざん おおくぼじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか



88大窪寺-新山門25
●宗派/真言宗大覚寺派 ●開基/行基
香川県さぬき市多和兼割96
八十七番札所から約17km 徒歩約4時間
駐車場50台(無料)境内まで徒歩2分

遍路の締めくくりの「結願寺(けちがんじ)」
深山の木々に包まれた境内は、春は桜、初夏には藤
秋には紅葉、冬は雪景色と四季折々に美しい。
が、冬には道路が凍結することもあるので注意が必要。
(1月に行った時の手水場。水がそのままの形で凍っていた。)
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養老元年(717)に行基が堂を建立したのが始まりとされる。
その後、弘法大師が薬師如来を刻んで本尊とした。
88大窪寺-大師像25
ふつう薬師如来は左手に薬壺を持つが、この寺の薬師如来は
薬壺のかわりに法螺貝をもった珍しいもので、その法螺貝で
すべての厄難諸病を吹き払うという。(秘仏になっている)
88大窪寺-本堂25
この時大師は、唐の恵果和尚から授かった、三国(インド・唐・日本)
伝来の錫杖も納めている。(寺宝とされており、拝観はできない。)
88大窪寺-大師堂25
古くから多くの信仰を集め、僧坊も100を超えるほどだったという。
また、早くから女性の入山を許したので「女人高野」とも呼ばれ
栄えていたが、天正の兵火で堂宇は炎上。経典や仏像もほとんどが
焼失したが本尊は無事だったという。
88大窪寺-大師堂26
その後、高松藩主が再興したが、明治33年の火災で堂塔を焼失。
二天門を除く建物はその後再建されたもの。
88大窪寺-古山門25


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八十八番札所の納経

☆一口メモ/奉納金剛杖
88大窪寺-杖25
境内には、結願したお遍路さんが奉納した金剛杖や菅笠が
大量に置かれている。
これは八十八の札所を無事巡り終えた証でもある。
この奉納品は、毎年春分の日と8月20日に催される柴灯護摩供で、
山伏修験者によって炊き上げられる。

結願証明書
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納経書で申し込めば結願証明書を発行してくれる。(2000円)
四国八十八ヵ所を巡り終わった記念にぜひどうぞ・・・

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第八十七番札所 補陀洛山 長尾寺 

補陀洛山 長尾寺(ふだらくざん ながおじ)
●本尊/聖観世音菩薩
●真言/おん あろりきゃ そわか


87長尾寺-山門26
●宗派/天台宗 ●開基/行基
香川県さぬき市長尾西653
八十六番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場50台(無料)納経所横

この仁王門は元禄7年(1694)建立のものとされ、鐘付きの
鐘楼門となっていて、長さ約4mの大草鞋が掛かっている。
この草鞋は紙で作られていて、高松檀紙わらじ会が平成
16年の秋に奉納したもの。
87長尾寺-本堂26
天平11年(739)に行基が柳の木に聖観音を彫り安置したのが始まり。
大同年間(806~810)弘法大師が唐へ渡る前に訪れて
年頭七夜の護摩祈祷を行った。
唐から帰国後、大師は入唐の大願成就を感謝し、大日経一字一石の
供養塔を建てたという。
その後、兵火により堂宇を焼失。慶長年間(1596~1614)に
讃岐国守により再興され、後、高松藩主により庇護され、
松平家の祈願寺となった。
87長尾寺-大師堂26
天和3年(1683)高松藩主・松平頼常の命で天台宗に改宗された。
本堂は松平頼重により建てられたもので、葵の紋入りの丸瓦が
残っている。本尊の聖観音像は、たびたびの火災にも不思議に
無事で、秘仏としてまつられている。
松平頼重はこの本尊を、讃岐の主な観音像7体の中でも
随一だとして「当国七観音随一」と指定したという。
87長尾寺-大木26
長尾の商店街に近く、町の人からは「お観音さん」と親しまれ、
近隣住民の憩いの場ともなっている。
また、毎年正月7日には大鏡餅と三宝(あわせて180kg)を
持ち上げて歩いた距離を競う「大鏡力餅運搬競技大会」が行われる。

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八十七番札所の納経

☆一口メモ/経憧(きょうどう)
87長尾寺-経堂26
経憧とは、写経を埋めた上に立てるもので、仁王門前に
左右一対で立っている。西側のものには「弘安六年七月」、
東側のものには「弘安九年五月」とあり、元寇の役の
犠牲者のために立てられたものと思われる。
国の重要文化財に指定されている。

静御前剃髪塚        
87長尾寺-静御前26
静御前が、母の磯野禅師(磯禅尼)と共に、この寺で
得度した時に剃髪した髪を埋めたという。

第八十六番札所 補陀洛山 志度寺 

補陀洛山 志度寺(ほだらくざん しどじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


86志度寺-山門25JPG
●宗派/真言宗善通寺派 ●開基/藤原不比等
香川県さぬき市志度1102
八十五番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場30台(無料)裏門横

推古天皇33年(625)創建と伝わる古寺。
薗子という尼が霊木で本尊を彫り、お堂を建てたのが始まり。
86志度寺-2海女の墓26
その後、藤原不比等が妻である海女の墓を建立して、
「死度道場」と名づけた。その息子の房前(ふささき)が
行基とともに堂宇を拡張し、僧侶の学問所や修行の場となった。
弘仁年間(810~824)に弘法大師が訪れ、第86番札所に定めた。
86志度寺-本堂26
堂々とした造りの仁王門(重要文化財)は、日本有数の名門と
称えられ、その中に収められた仁王像は、鎌倉時代の仏師、
運慶作といわれている。
本堂は、仁王門とともに讃岐藩主が寛文10年(1671)に
寄進したもので、本尊とともに重要文化財に指定されている。
86志度寺-大師堂26
広い境内には、左手に五重塔、右手には書院が建っている。
奥に広がる3000坪の庭は有名。
86志度寺-五重塔26




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八十六番札所の納経

☆一口メモ/海女の墓
86志度寺-海女の墓26
房前が母の供養のために建立した1000基の石塔の一部といわれ、
約20基が並んでいる。墓のそばには高浜虚子の長男・年尾の
「盆に来て海女をとむらふ心あり」の句碑が立つ。
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海女の命日の7月16日には境内に屋台や食べ物の出店で賑わう、
「十六度市」が催される。
      
曲水式庭園・無染庭(むせんてい)
3000坪の広さがある庭園は、室町時代の四国管領・細川氏が
代々寄進して作らせたもので、京都の竜安寺石庭を作った
細川勝元が完成させた。(見学料/大人200円)

平賀源内の墓
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江戸時代の天才?平賀源内はこの志度の生まれ。
源内の旧邸には「平賀源内先生遺品館」が併設され、発明品や
書簡などが展示されている。また自性院常楽寺には、源内の
墓が残されている。
※常楽寺は志度寺のすぐ近くにある。

第八十五番札所 五剣山 八栗寺 

五剣山 八栗寺(ごけんざん やくりじ)
●本尊/聖観世音菩薩
●真言/おん あろりきや そわか


85八栗寺-山門25
●宗派/真言宗大覚寺派 ●開基/弘法大師
香川県高松市牟礼町牟礼3416
八十四番札所から約7km 徒歩約2時間
駐車場400台(無料)ケーブル登山口前
(八栗ケーブル/大人往復900円・片道4分)

可愛い流線型のケーブルカー4分で山上駅に着く。
(遍路道を登ると約30分かかる)
85八栗寺-2ケーブル26
八栗寺本坊の前を左に行くと細長い境内が開かれ
多宝塔、大師堂、本堂、聖天堂等の堂塔が並ぶ。
85八栗寺-本堂26
本堂背後のゴツゴツした山が五剣山。
かつて五剣山は文字通り尖った五つの峰からなっていたが、
宝永4年(1707)の大地震で東の峰が中腹から崩れ落ち、
現在は四つの峰からなる。
85八栗寺-山25
八栗寺は弘法大師の開基とされる。寺伝によると、青年時代、
この地を訪れた大師が求聞持法を修した時、天から五本の剣が
降ってくるとともに蔵王権現のご神託があったという。大師は
五剣を岩穴に埋め、蔵王権現像を刻んで山の鎮護としたので、
五剣山という山号がついたという。
85八栗寺-大師堂26
延暦23年(804)、大師が入唐前にこの山に登り、仏殿を造営した。
同時に、千手観音像を刻んで安置し、八つの栗を土中に埋めて
旅の無事を祈願した。
85八栗寺-大師像25
帰国後、八つの栗が無事に成長していたことから、寺名を
八栗寺と改めたと伝えられる。
85八栗寺-鳥居25
山岳修験の場として栄えたが、天正の兵火により焼失。
文禄年間(1592~1599)に無辺上人が再建。弘法大師作の
千手観音像を聖観自在菩薩像に替えて安置した。
85八栗寺-地蔵26
江戸時代には藩主松平家が諸堂を再建し、松平家の祈願寺とした。
そのため、屋根には葵の紋が入っている。

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八十五番札所の納経

☆一口メモ/聖天堂
85八栗寺-歓喜天26
「八栗の聖天さん」とも呼ばれ、
札所でも珍しい歓喜天霊場としても知られている。
本尊は象頭人身の男女の神が抱き合った姿をしていて
高さ15cmの黄金の像で50年に一度しか開帳しない秘仏。
商売繁盛、夫婦円満にご利益があるといわれている。

多宝塔
85八栗寺-多宝塔26
昭和59年に建立された総檜造の多宝塔。
内部には金剛界大日如来が安置されている。

第八十四番札所 南面山 屋島寺 

南面山 屋島寺(なんめんざん やしまじ)
●本尊/十一面千手観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく


84屋島寺-新門25
●宗派/真言宗御室派 ●開基/鑑真和上
香川県高松市屋島東町1808
八十三番札所から約17km 徒歩約4時間
駐車場400台(屋島ドライブウェイ通行料610円)山上駐車場

源平の合戦で有名な景勝地・屋島。
寺はその山頂にあり、瀬戸内海の風光をめでながら向かう。
84屋島寺-全景26
日本に仏法の戒律を伝えるために来日した唐の名僧
鑑真(がんじん)和上が天平勝宝5年(753)、屋島北嶺に
仏像やお経を納めて開基したのが寺の始まり。
堂宇を建てた弟子の恵雲律師が初代住職となる。
84屋島寺-本堂26
後に弘法大師が、北嶺にあった寺を現在の南嶺に移し
伽藍を造営して、第84番礼場と定めた。
84屋島寺-大師堂26
境内には、鎌倉時代後期に建てられた本堂(重要文化財)
をはじめ、大師堂、三体堂、熊野権現社、蓑山大明神などの
諸堂が並んでいる。
84屋島寺-熊野権現26
本尊の十一面千手観世音菩薩は10世紀頃、
藤原時代初期の作といわれ、全身に漆を塗って金箔をおいた
カヤの一本造りで国の重要文化財に指定されている。
また、源平合戦にゆかりの伝説等も多く観光客でにぎわっている。
84屋島寺-1山門25


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八十四番札所の納経

☆一口メモ/蓑山(みのやま)大明神
84屋島寺-タヌキ26
アニメ「平成狸合戦ぽんぽこ」にも登場した、
日本三大タヌキの一つ「」を祀っている。
太三郎狸は四国狸の総大将で、屋島に異変のあるときは
直前に屋島寺住職に知らせたという。
縁結び・夫婦円満・子宝・水商売の神として信仰を集める。

瑠璃宝の池(血の池)
84屋島寺-池25
屋島寺草創の時、弘法大師が「遍照金剛、三密行所、当都
率天、内院管門」と書き、宝珠とともにおさめ周囲を池とした。
ところが竜神が宝珠を奪いに来ると伝えられ、瑠璃宝の池の
名があります。
また源平合戦のとき武士たちが血刀を洗ったため、池の水が
赤くなり血の池とも呼ばれるようになった。

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました