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菩提の道場 愛媛県の記事一覧

第六十五番札所 由霊山 三角寺 

由霊山 三角寺(ゆれいざん さんかくじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


65三角寺-山門26
●宗派/高野山真言宗 ●開基/行基
愛媛県四国中央市金田町三角寺甲75
六十四番札所から約45km 徒歩約13時間
駐車場30台(200円)門前

伊予の国最後の札所。標高450mの三角山の中腹にあり、
緑に囲まれたなんとも素晴しい風情を醸し出す寺だ。
65三角寺-鐘楼26
73段の石段を上りきったところに鐘楼門がある。
参拝者は、この鐘を撞いてから境内に入る。
65三角寺-2本堂26
天平年間(729~749)に聖武天皇の勅願により、行基が開基。
65三角寺-大師堂25
その後、弘法大師が、弘仁6年(815)本尊の十一面観世音菩薩を
刻み安置した。同時に不動明王も刻み、護摩壇をつくり降伏護摩
の法を修められたという。
65三角寺-地蔵26
後に嵯峨天皇が寺領三百町歩を下賜し、寺運は大いに栄えた。
が、天正年間の兵火のために堂宇を焼失。現在の建造物は
嘉永2年(1849)に再建されたもの。
65三角寺-薬師堂25
本尊の十一面観世音菩薩は、安産・子育て・厄除けの仏様なので、
多くの子受け祈願の女性が訪れる。その祈願方法がおもしろい。
まず「しゃもじ」を頂き、家に持ち帰り実際に使用して子受けを祈願。
成就すると新しいしゃもじを奉納するのが習い。

noukyou-65.jpg

六十五番札所の納経

☆一口メモ/三角の池
65三角寺-2三角池26
境内にある周囲十数mの池の中には三角形の島があり、
弘法大師が三角形の護摩壇を築いて護摩秘法を修した場所で
寺号の由来でもある。
現在は七福神唯一の女神・弁財天がまつられている。




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第六十四番札所 石鉄山 前神寺 

石鉄山 前神寺(いしづちさん まえがみじ)
●本尊/阿弥陀如来
●真言/おん あみりた ていせい からうん


64前神寺-山門25
●宗派/真言宗石鉄派 ●開基/役行者小角
愛媛県西条市洲之内甲1426
六十三番札所から約3km 徒歩約50分
駐車場30台(無料)山門内

真言宗石鉄派の総本山で石鉄修験道の根本道場。
役行者(えんのぎょうじゃ)が、奈良時代に石鎚山頂で修行中に
現れた石鉄蔵王権現を祀ったのが始まりと伝えられる。
64前神寺-本堂26
その後桓武天皇が病気平癒を祈願し、見事に成就したため
七堂伽藍を建立し、金色院前神寺と称し勅願所とした。
64前神寺-大師堂26
山岳修験の聖地となった石鎚山で弘法大師も修行し、求聞持法を
修めて霊場とした。
その後歴代天皇からも信仰され、中世には領主・河野氏、
江戸時代には西条藩主松平家からも信仰され、ここに東照宮を祀り
三葉葵の寺紋を許したという。
64前神寺-不動堂26
かつては石鎚神社と一体だったが、明治初期の神仏分離で神社が
独立し廃寺となったが、明治11年に大師堂と鐘楼が現在地に移され、
明治42年に前神寺として復活した。
左右に狛犬を配した石柱門から山門をくぐり、坂をあがると
深山幽谷の趣をたたえている境内が広がる。
64前神寺-薬師堂26
右に曲がると左手に大師堂があり、石段を上がると不動堂と
薬師堂が並んでいる。
<その先には権現堂へ上がる石段が続いている。
64前神寺-石鉄神社26
そして、正面に阿弥陀如来を祀る本堂がある。
石鎚山を背景に石鉄修験道の総本山にふさわしい趣だ。
桜の季節には周辺がピンク色に染まり特に美しい。
64前神寺-地蔵26
7月の山開きには、白装束を着た多数の信者たちが、
奥前神寺まで仏名を唱えながら山を登っていく。
(山開きは7月1日から10日間)

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六十四番札所の納経

☆一口メモ/御滝不動尊
64前神寺-不動26
大師堂の石段を上がったところにある。
ここに一円玉を貼り付けて、見事にくっつけばご利益があるという。

石鎚神社
64前神寺-鳥居26
とっても大きい鳥居がすぐそばにそびえる?
これは寺と分離した石鎚神社の鳥居。

第六十三番札所 密教山 吉祥寺 

密教山 吉祥寺(みっきょうざん きちじょうじ)
●本尊/毘沙門天
●真言/おん ぺい しらまんだや そわか


63吉祥寺-山門26
●宗派/真言宗東寺派 ●開基/弘法大師
愛媛県西条市氷見乙1048
六十二番札所から約1.5km 徒歩約20分
駐車場50台(寺指定P おかもと 200円)

四国霊場の中で唯一「毘沙門天」を本尊としている。
(商売繁盛にご利益があるとされる)
門柱にも「四国唯一体毘沙門天王鎮座」とある。
63吉祥寺-象26
左右におかれた小さな象の石造に迎えられ境内に。
イチョウの木や楠が残る境内は、歴史を感じさせるたたずまいだ。
63吉祥寺-本堂26
弘仁年間(810~824)に弘法大師が、この地で金色に輝く檜を見つけた。
その木に一刀三礼して、本尊の毘沙門天、脇侍の吉祥天、
善膩師(ぜんにし)童子を刻んだという。
63吉祥寺-毘沙門天25
この寺の毘沙門天は「米持ち大権現」とも呼ばれ、農民からの
信仰が篤いという。
当時の寺は天正13年(1585)に豊臣秀吉による四国攻めの
兵火で焼失。万治2年(1659)に檜木寺と合併して現在地で再興された。
寺宝とされているマリア観音像は、白磁の像で慈愛に満ちた表情と
伝えられるが、秘仏となっている。この像は、土佐の長宗我部元親が
イスパニア船の船長から託されたもので、家臣が秘蔵していたが
家に不幸が続いたので、寺に預けられたと伝えられる。
63吉祥寺-大師堂26
「きっしょうじ」「きつじょうじ」などと呼ばれていることもあるが、
正しくは「きちじょうじ」だそうです。

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六十三番札所の納経

☆一口メモ/成就石・くぐり吉祥天
63吉祥寺-成就石26
高さ1mほどの石に直径30cmくらいの穴が開いている。
本堂前から目隠しをして進み、願い事を唱えながら
金剛杖を通すことができれば、願いが叶うという。

63吉祥寺-大師・吉祥天26
成就石の隣にある吉祥天の像は、あらゆる貧困を取り除き、
大富貴をもたらす仏様として信仰を集めている。
この像の下をくぐるとご利益があると伝えられている。
残念ながらすでにお金持ちの人には効果が無いそうです。
あしからず。

八角堂
63吉祥寺-七福神26
この八角の建物の中には、七福神のうち、吉祥寺の本尊である
毘沙門天を除く六神が祀られている。



第六十二番札所 天養山 宝寿寺 

天養山 宝寿寺(てんようざん ほうじゅじ)
●本尊/十一面観世音菩薩
●真言/おん まか きゃろにきゃ そわか


62宝寿寺-入り口26
●宗派/高野山真言宗 ●開基/聖武天皇
愛媛県西条市小松町新屋敷甲428
六十一番札所から約2km 徒歩約30分
駐車場5台(無料)境内横

聖武天皇の勅願により、
天平年間(729~749)に「伊予一国一ノ宮」として建立された。
当時は金剛宝寺と称していた。
門前には「一国一宮別当宝寿寺」の石碑がある。
これは四国霊場最古といわれている。
62宝寿寺-本堂26
大同年間(806~810)に弘法大師が訪れ、
光明皇后をモデルに「十一面観世音菩薩」を刻んで本尊とし、
四国霊場六十二番札所に定められた。
62宝寿寺-大師堂26
当時は山手川・中山川の近くにあったため、河川の氾濫に
度々遭い、破損・再建を繰り返したという。寛永13年(1636)には
宥伝上人により再建されたが、明治時代の廃仏毀釈で廃寺に・・・。
明治10年になって再建された。
62宝寿寺-旧本堂26
参道を入って正面に旧本堂、新しい本堂と大師堂は
その手前右に並び建つ。旧本堂は傷みが激しく立ち入り禁止に
なっているが、堂々とした風格を今も保っている。
なお、弘法大師が刻まれた十一面観世音菩薩は、秘仏のため
拝観はできない。


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六十二番札所の納経

☆一口メモ/安産観音
62宝寿寺-観音26
難産に苦しむ国司の妻に、弘法大師が境内にある玉の井の
霊水を加持して与えると、無事玉のような男児が誕生。
以来「安産の観音」として信仰を集めている。

一宮稲荷
62宝寿寺-稲荷26
明治10年、寺の再興にあたり、京都の伏見稲荷、
岡山の最上稲荷、愛知の豊川稲荷の三神を護法神として迎え、
寺門の興隆、諸人の護世安楽を祈願して建立。
多くの人々から信仰を集めている。




第六十一番札所 栴檀山 香園寺 

栴檀山 香園寺(せんだんさん こうおんじ)
●本尊/大日如来
●真言/おん あびらうんけん ばざら だどばん


61香園寺-入り口25
●宗派/真言宗単立 ●開基/聖徳太子
愛媛県西条市小松町南川甲19
六十番札所から約10km 徒歩約4時間
駐車場100台(無料)寺入り口

この寺でまず驚かされるのが本堂(大師堂)。まるで体育館か
コンサートホールと見間違うようなモダンな鉄筋コンクリート
造りの建物が正面に見える。昭和51年に建てられた建物で、
1階が大講堂、2階が本堂と大師堂になっている。
四国霊場の他の札所とは趣がまるで違う現代感覚?の寺だ。
61香園寺-本堂26
1階正面からもお参りできるが、横の入り口から2階に入ると
巨大な大日如来(本尊)と不動明王、子安大師がまつられている。
61香園寺-本堂口26
この寺の歴史は古く、用明天皇(585~587)の病気平癒を祈願して
聖徳太子が創建したという。この時、金衣白髪の翁が飛来、
本尊の大日如来を安置したと伝わっている。
天平年間には行基が、大同年間(806~810)には弘法大師が訪れた。
大師がこの地で難産で苦しむ女性に、栴檀の香をたいて祈願すると、
玉のような男の子が誕生したという。
そこで大師は栴檀の香を焚きながら、安産・子育て・お身代わり・
女人成仏の四請願と秘法を伝えて四国霊場に定めたという。
栴檀山の山号はこの由来によるものとか・・・。
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その後、寺は隆盛したが天正の兵火で焼失。
大正2年に再建された。大正時代初期には子安講を創始。
現在でも安産・子育てに霊験あらたかな「子安大師」として有名。
建物の中には、この寺のご利益で子宝に恵まれた人から
奉納された「赤ん坊」の写真が飾られており、おもわず笑顔が出てくる。
※この寺は札所で唯一、本尊と子安大師の2種類のお御影が渡される。
61香園寺-山頭火26
参道から境内へと続く道沿いに山頭火の句碑がある。
漂泊の俳人になった気持ちでどうぞ・・・。

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六十一番札所の納経

☆一口メモ/子安大師像
61香園寺-子安大師26
大聖堂の前に立つ子安大師像は、背中にゴザを背負い
右手に錫杖を持ち、左手に赤ちゃんを抱かれた姿。
優しさいっぱいで、安産・子育てに信仰を集めている。
61香園寺-子安26


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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました