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修行の道場 高知県の記事一覧

第三十九番札所 赤亀山 延光寺 

赤亀山 延光寺(しゃっきざん えんこうじ)
●本尊/薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


39延光寺-山門26JPG
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/行基
高知県宿毛市平田町中山390
三十八番札所から約60km 徒歩約20時間
駐車場70台(無料)山門下

聖武天皇の勅願をうけ、神亀元年(724)に行基が開基。
行基自らが刻んだ薬師如来を本尊とし亀鶴山施薬院宝光寺
と称していた。
39延光寺-本堂25
延暦14年(795)に弘法大師が訪れ、桓武天皇の勅願所として
日光・月光の脇侍を刻んで再建、四国霊場に定めたという。
39延光寺-大師堂26
中世に入り、大いに栄えたものの近世には衰退。
さらに明治時代初期の廃仏毀釈で一時は廃寺となったが、
ほどなく再興された。
石段を上ったところに風格のある山門がある。
広々とした境内には、本堂と大師堂のみが建つ。
39延光寺-大師25
裏山の木々をバックに、いずれもすっきりとした美しい姿で
修業の道場の締めくくりにふさわしいたたずまいを見せている。

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三十九番札所の納経

☆一口メモ/梵鐘
39延光寺-亀26
延喜11年(911)のこと、赤い亀が背中に乗せて
竜宮城から持ち帰り寺に納めたという梵鐘。
この伝説にちなんで、赤亀山延光寺と改められたという。
山門のそばに、その赤亀のユーモラスな像がある。
ただ、周りを見渡しても海はどこにも見当たらない?
実物は国の重要文化財になっていて、高さ33.3cm
口径23.5cmの銅製で県内では最古の物。
余談だがこの梵鐘は明治時代に県議会の合図に使用するため
県庁まで出張したという話も残っている。

眼洗いの井戸
39延光寺-目あらい25
境内の庭園の片隅にある「眼洗いの井戸」は、弘法大師
水不足に困っていた住民のために錫杖で地面をついたところ
霊水が湧き出たため、これを宝井水と名づけたという。
今も眼病に霊験あらたかな井戸水として信仰を集めている。

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第三十八番札所 蹉跎山 金剛福寺 

蹉跎山 金剛福寺(さだざん こんごうふくじ)
●本尊/三面千手観世音菩薩
●真言/おん ばさら たらま きりく


38金剛福寺-2山門25
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/弘法大師
高知県土佐清水市足摺岬214-1
三十七番札所から約95km 徒歩約28時間
駐車場80台(無料)山門前

四国最南端足摺岬の突端にあり、南国ムードにあふれる。
前の札所からは約100km。これは札所の中では最長。
38金剛福寺-本堂26
山号の「蹉」も「跎」も「つまずく」を意味しており、
その難所ぶりがうかがえる。
38金剛福寺-境内25
弘仁13年(822)、嵯峨天皇が「補陀洛東門」(ふだらくとうもん)の
勅願を下し、千手観世音菩薩を刻んだ弘法大師が開いた。
補陀洛とは、インド南岸にある観音様の住む山のことで、
観音浄土として崇拝されている土地を表す。
この寺はその聖地の入り口の東門にあたる場所とされ、
代々天皇家の勅願所ととなった。また平安時代後期には
観音霊場として幅広い信仰を集めたという。
38金剛福寺-大師堂25
後には源氏一門とのつながりも深く寺運は大いに栄えたという。
その後一条家の庇護を受け土佐でも最大級の寺院へと発展した。
本尊の千手観音像は秘仏だが正月などにはご開帳されるとか・・・。
38金剛福寺-亀
本堂の前に可愛い亀の像がある。
弘法大師が亀に乗って海中の不動岩に
渡修行したという伝説にちなんだもの。
頭をなでながら祈念すると願いが叶うという。

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三十八番札所の納経

☆一口メモ/多宝塔
38金剛福寺-多宝塔25
源氏一門であった多田満仲が建立したものとされる。
現在のものは明治13年に再建されたもので高さは約19m。
多宝塔の後方には、和泉式部が自らの黒髪を埋めて供養した
逆修塔がある。

足摺岬の灯台
38金剛福寺-灯台25
高さ60mの断崖に立つ灯台は、光達距離38km。
これは日本最大級。
遊歩道を道なりに行けばすぐそばまで行ける。
海岸の景色は雄大で、対岸の室戸岬とはまた違った趣がある。
また椿の季節には(2月~)ヤブツバキが群生し、
遊歩道にも椿のトンネルができ楽しめる。

足摺七不思議
寺の周辺には遊歩道が設置されていて、その道沿いには
弘法大師の伝説が伝わる「足摺七不思議」が点在している。
それらを探しながら遊歩道を散策するのも楽しいかも・・・。
38金剛福寺-万次郎25
遊歩道の入り口にあるジョン万次郎(中浜万次郎)の像



第三十七番札所 藤井山 岩本寺 

藤井山 岩本寺(ふじいざん いわもとじ)
●本尊
/不動明王・観世音菩薩・阿弥陀如来・薬師如来・地蔵菩薩
●真言
/不動明王・のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ
      まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん
/観世音菩薩・おん あろきりゃ そわか
/阿弥陀如来・おん あみりた ていせい からうん
/薬師如来・おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
/地蔵菩薩・おん かかかび さんまいえ そわか


37岩本寺-山門25
●宗派/真言宗智山派 ●開基/行基
高知県高岡郡四万十町茂串町3-13
三十六番札所から約55km 徒歩約12~14時間
駐車場12台(200円)山門より約20m先

天平年間(729~749)、聖武天皇の勅願により行基が開創。
当時は仁井田大明神の別当として福円満寺と称した。
37岩本寺-本堂25
後に弘法大師が訪れ、5社5ヵ寺を建立。
一の宮に不動明王、二の宮に観世音菩薩、中の宮に阿弥陀如来
四の宮に薬師如来、森の宮に地蔵菩薩を安置した。
37岩本寺-鐘楼26
その後兵火により焼失、再興や廃寺等を繰り返し、
明治22年に現在地で再興された。
本尊が5体あるため、それぞれのご真言を唱えなくてはならない。
37岩本寺-大師堂25

標高280mを超える四万十町の旧市街の中心部にあり、
仁王門を望む風景は門前町の雰囲気がある。
仁王門をくぐると静寂に包まれた境内が広がる。
37岩本寺-25
この寺には弘法大師にちなんだ「七不思議」の伝説が伝わっている。
①三度栗/大師の霊力で7回も花を咲かせ、3回も実る木。
②筆草/大師が使い古した筆を植えたところ、筆そっくりな草が生えた。
③桜貝/磯の貝が桜の花びらになったという。
④口無し蛭/大師が娘の血を吸った蛭の口を封じた。
⑤尻無し貝/人々が怪我をしないように巻貝のとがった部分を大師が除かれた。
⑥子安桜/難産の女性を見つけた大師が、桜の木で加持して安産させた。
⑦戸たてずの庄屋/盗難で困っていた庄屋のために大師が祈念した。
などで、中には現存するものもある。

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昭和53年に建立された本堂の天井一面には、575枚の絵が
描かれている。この絵はプロから素人まで約400名が描いたもの。
洋画・日本画・水彩画・ちぎり絵から、マジックペンやペンキで
描いたものなど種類もさまざま。
画題も、仏様からマリリンモンローまで多岐にわたっている。
今では、この寺の見ものになっている。

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三十七番札所の納経

☆一口メモ/歓喜天
37岩本寺-歓喜天25
平成8年に落慶したお堂は、木造で円形という珍しい建物。
本尊の歓喜天は、元はインドの神主だったが、
仏道修行の誘惑者として様々な悪事を働いた。
後に仏に帰依し、財宝の神様、博愛の神様として信仰を集める。
商売繁盛・夫婦円満・子授け祈願・病脳祈願・盗難退散・
財宝成就の信仰の対象として有名。



第三十六番札所 独鈷山 青龍寺 

独鈷山 青龍寺(どっこざん しょうりゅうじ)
●本尊/波切不動明王
●真言/のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ
      そはたや うん たらた かんまん


36青龍寺-山門25
●宗派/真言宗豊山派 ●開基/弘法大師
高知県土佐市宇佐町竜163
三十五番札所から約15km 徒歩約4時間
駐車場20台(無料)門前

延暦23年(804)、唐に渡った弘法大師は、長安の青龍寺
恵果和尚に真言密教の奥義を授けられ、真言八祖になった。
帰国にあたって大師は、恵果和尚の恩に報いるために
日本にも青龍寺を建立したいと考えた。
36青龍寺-本堂25
そこで、「寺院の建立に最勝の地に留まりたまえ」と
唐から独鈷を東の空に投げたという。
帰国した大師が四国巡錫のおりに、ここの松の木に
掛かっているのを見つけた。
36青龍寺-明王25
そこで不動明王を刻み安置したのが青龍寺の始まり。
山号の独鈷山は、この寺伝による命名である。
36青龍寺-石段25
仁王門から本堂までは170段という急な石段が続く。
石段の途中にはお地蔵さんや、冷たそうな水が流れ落ちている
行場や、鮮やかな朱色の三重塔がある。
36青龍寺-滝25
境内には本堂、大師堂、薬師堂が一直線に並んでいる。
これは、唐の青龍寺を模しているという。
36青龍寺-大師堂25
余談だが、近くにある明徳義塾高校出身の元横綱「朝青龍」は
この厳しい坂で足腰を鍛えたという。
しこ名の「青龍」がこの寺号から取られたのは有名な話。

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三十六番札所の納経

☆一口メモ/三重塔
36青龍寺-五重塔26
石段の途中にある三重塔は、緑の木々の中にあり
鮮やかな朱がひときわ目を引く。

参道の石仏
36青龍寺-地蔵25
寺へ向かう参道には道しるべのように石仏がありお遍路さん
導いてくれる。



第三十五番札所 医王山 清滝寺 

医王山 清滝寺(いおうざん きよたきじ)
●本尊/厄除薬師如来
●真言/おん ころころ せんだり まとうぎ そわか


35清滝寺-山門26
●宗派/真言宗豊山 ●開基/行基
高知県土佐市高岡町丁568-1
三十四番札所から約12km 徒歩約3~4時間
駐車場30台(無料)境内

清滝山の中腹、標高150mにある境内までは「八丁坂」
と呼ばれる急坂の参道が続く。
35清滝寺-境内25
徒歩の場合かなり厳しい傾斜の石段を登らなければならない。
そこで「登る人の気持ちを和ませたい」と一丁(109m)ごとに
お地蔵さんが置かれ、お遍路さんを励ます?。
それが八丁あるからこう呼ばれるようになったという。
35清滝寺-本堂25
しかし、やっとの思いで辿り着いた境内からの眺めは絶景!
今は車で境内まで行けるようになっている。
(この道は狭く車の離合には苦労する。地元の人によると
暗黙の了解?で一方通行が決まっているらしい)
35清滝寺-風景26
寺伝によると、養老7年(723)に行基が薬師如来を刻み開基。
当初は景山密院釈木寺(けいざんみついんしゃくぼくじ)と称していた。
弘仁年間(810~824)、弘法大師が寺の北300mの山中で修行し、
満願の日に五穀豊穣を祈願。金剛杖で大地をつくと清水が湧き出し、
滝となったので寺号を「清滝寺」と改め霊場に定めたという。
35清滝寺-大師堂25
中世には多くの脇防を構え、江戸時代には藩主山内家の帰依も篤く、
寺領100石、七堂伽藍を備え栄えたという。
一時は衰退したが、現在では厄除けの寺として知られている。
境内の真ん中には巨大な薬師如来像が参拝者を出迎えてくれる。
車で遍路するとわからないが、本堂を背に竹林に囲まれた石段を
下ると堂々とした佇まいの仁王門に出会える。
35清滝寺-龍26
天井にはダイナミックな龍が描かれており、どこから見ても
龍の眼と視線が合う。

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三十五番札所の納経

☆一口メモ/厄除け薬師如来像
35清滝寺-薬師26
境内にある像高9m、台座から15mの巨大な薬師如来像は
胎内が「戒壇巡り」になっている。ご真言を唱えながら胎内
くぐりをすれば、厄除けにご利益があるとされる。
大人が一人通れるくらいの狭い階段(108段)を下りていくと
後は真っ暗闇の中を手探りで進んでいく。ちょっと怖いかも?

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にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました