admin≫
四国以外の・・・の記事一覧

元離宮 二条城 

元離宮 二条城
二条城1
1994年(平成6年)にユネスコ世界遺産に登録。
二条城2
1603年徳川家康により築城され、1867年には15代将軍慶喜が
二の丸御殿の大広間で「大政奉還」を表明。と徳川家の栄枯盛哀と
日本の歴史の移り変わりを見守ってきた城。
二条城6
城内には国宝や重要文化財が多く、約400年の時を超えて
桃山文化の遺構を見ることができる。
二条城3
二の丸御殿は国宝に指定されており、その広さや障壁画には
驚かされる。
大政奉還が表明された大広間の広さや、狩野探幽筆の障壁画には
圧倒され言葉も出ない。
二条城8
庭園も素晴らしく、見学してると時間が経つのも忘れてしまう。
京都の真ん中にあるのだが、周囲の騒がしい音も耳に入って
来なかった。

スポンサーサイト

純白?の姫路城! 

平成の大修理が終わって眩しい!
姫路城(ひめじじょう)
n姫路城-3
修理前と比較してみるとこんなに違います。
himejijyo1.jpg
完成までに5年半。その費用は約24億円!
延べ15000人の職人による大修理だ。
n姫路城-5
壁はもちろん、瓦も一つ一つ白漆喰で丁寧にふちどりされ、
遠くから見るとその白さが眩しい!
n姫路城-4
ただ観光客も多く、混雑時には整理券がないとチケットが
買えないらしいです。私たちは金曜日でそんなに混雑して
いなかったのだが天守最上階では「立ち止まらないように」と
係りの人が忙しそうに整理をしていたが、「土日なら大混雑
だろうな~」と思いながら観光しました。

屋根の上のしゃちほこが、明治・昭和・平成と時代ごとに
展示されていたのでご紹介。
n姫路城-8

n姫路城-7

n姫路城-6


天岩戸神社 

天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)
神々が出てきそうなパワースポット!?
天岩戸神社-本殿4

西本宮
●主祭神/大日孁尊(おおひるめのみこと)天照大神の別御神名
●御神体/天岩戸(洞窟)
●宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸1073-1

岩戸川を挟んで「西本宮」と「東本宮」がある。
伝承では、平安時代にこの地方を治めていた大神太惟基(おおが
だいたこれもと)が弘仁三年(812)に東本宮を建てたとある。
以前は西本宮は「天磐戸神社」、東本宮は「氏社」だったが明治4年
「天岩戸神社」「氏神社」と改称、昭和45年に両社が合併し
現在の天岩戸神社東西両本宮を称するようになった。
一般的に天岩戸神社と呼ばれているのは西本宮です。
天岩戸神社-お旅所
御神体の「天岩戸」は岩戸川を隔てた所にあるが、今は生い茂る
草木に隠れてどんな形だかわからないそうだ。
天岩戸神社-神楽殿2

☆日向神話より 天の岩戸のお話
陽性と正義と平和を象徴する太陽の神、天照大御神は弟の荒ぶる神
須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴ぶりに耐えかねて、岩屋の
奥に隠れてしまい、世は闇に閉ざされてしまった。
困った八百万(やおよろず)の神々が今後の対策を練ったのが、ここ
天安河原(あまのやすがわら)。
神々は相談した結果、岩屋の前で宴会を開き芸達者の天鈿女命
(あめのうずめのみこと)が舞い踊り、それを肴にその周りで
宴会を始めた。その騒ぎに興味を示した天照大御神が岩戸を
少し開いたところを手力雄命(たぢからおのみこと)が岩戸を開け
世に再び光が戻ったという。
と、古事記に書かれた神話の舞台が天安河原と言われている。
天岩戸神社-安河原
天岩戸神社からゆっくり歩いて10分程度。
渓流沿いの歩道は木々の中にあり、清らかな水の音が下界の
騒々しさを忘れさせる。石橋を渡ると本当に別世界のようだ。
渓流の河原に目をやると、石が無数に積まれている光景を
目にする。何か独特の雰囲気がしてくる。
天岩戸神社-祠1
さらに奥に進むと、仰慕窟(ぎょうぼがいわや)がある。間口40m
奥行き30mの大洞窟の中に鳥居、社があり、前にはおびただしい
数の石が積み重ねられ、本当に神々がいそうな雰囲気の場所だ。
日本でも有数のスピリチュアル・パワースポットの一つと言える。

☆一口メモ/ご利益?
この天安河原宮に参詣すると、願い事が成就する。
中風(ちゅうぶ)にかからない、軽症ですむとの信仰があるそうだ。

朝日山 平等院2 

平等院
1万円札にも・・・
平等院-鳳凰
10円玉の鳳凰堂はあまりにも有名だが、実は1万円札の裏面にも
鳳凰が印刷されている。この基になっているのが平等院鳳凰
阿弥陀堂(鳳凰堂)の大棟の南北両端に据えられていた鳳凰1対。
現在は保存上の見地から宝物館に保管されて、復元模像が
大棟に載せられている。

●最勝院
平等院-不動堂
不動堂は不動明王を本尊とする最勝院の本堂。その隣には
源頼政の墓がある。
平等院-墓
治承4年(1180)5月、以仁王(もちひとおう)の令旨を奉じ、
平家打倒を掲げた頼政は、ここ宇治の地で戦いに及び敗れ
平等院で自刃した。毎年5月26日には「頼政忌」の法要が営まれる。

●浄土院
平等院-浄土院
浄土宗の栄久(えいく)上人が、明応年間(15世紀後半)に
平等院修復のために開創したと伝えられている。

鳳翔館(宝物館)には、大和絵風九品来迎図(国宝)、梵鐘(国宝)
鳳凰1対(国宝)など平安時代の文化財が多数展示されている。

朝日山 平等院 

朝日山 平等院(びょうどういん)
10円玉でおなじみの・・・
●宗派/単立(特定の宗派に属さない)
(天台宗の最勝院、浄土宗の浄土院という2つの寺院が共同で
管理している。これは天和元年(1618)寺社奉行の裁定によるもの)
●本尊/阿弥陀如来 ●開基/藤原頼道 ●開山/明尊
●京都府宇治市宇治蓮華116

平等院-鳳凰堂1
時の権力者関白藤原道長が、宇治川西岸にあった左大臣源重信
の別荘をその夫人から譲り受け、道長の子頼道が永承7年(1052)
仏寺に改め平等院とした。
永承7年は末法初年度に当たるとされ、極楽往生を願う浄土信仰が
広く流行していた。その翌年に阿弥陀堂(鳳凰堂)が落慶し、
華やかさを極めたという。
※末法については「民衆仏教の幕開け」の章に書いてあります。

平等院-鳳凰堂3
またここ宇治の地は「源氏物語」の「宇治十帖」の舞台であり、
平安時代初期から貴族の別荘が営まれていた。平安時代後期の
京都では、平等院以外でも皇族・貴族による大規模寺院の建設が
相次いでいたが、これらの大伽藍は今は現存せず、平安時代に
貴族により建立された寺院で、建物・仏像・壁画・庭園等が残在
するという点で、平等院は唯一の史跡であり、世界遺産にも指定
されている。建武3年(1336)の楠木正成と足利氏の戦いの兵火を
はじめ、度重なる災害により堂塔は廃絶したが、鳳凰堂のみが
奇跡的に災害を免れている。

noukyou-平等院1 noukyou-平等院2
●平等院鳳凰堂のご朱印

※平等院2に続く

(△お好みの文字サイズになるまでクリックしてください)

にこちゃん太王

Author:にこちゃん太王
誰でも行ける!
四国八十八ヵ所霊場巡礼
凸凹カルテットで回りました