四国霊場八十八ヵ所
四国(霊場)は弘法大師と心を通わせる聖地! 四国が誇る文化遺産四国霊場八十八ヵ所を紹介! でもあまり難しく考えずにお気軽に・・・。
祇園祭2
祇園祭(その2)
山鉾の由来
(写真は月鉾)

祇園祭の起源(疫病退散)をそのまま伝える長刀鉾以外は
その町内の神仏をまつったものと、和漢の故事や説話から
由来するものに大別することができる。
前者の例としては天神や八幡をまつる霰天神山(あられてんじんやま)、
油天神山、八幡山、聖徳太子をまつる太子山等がある。
(写真は太子山)

後者の例としては、函谷鉾(かんこほこ)、鶏鉾(にわとりほこ)
郭巨山(かっきょやま)、白楽天山、孟宗山(もうそうやま)などは
中国の故事からのもの、船鉾、占出山(うらでやま)などは、
神功皇后を巡る説話から取ったもの、芦刈山(あしかりやま)、
木賊山(とくさやま)、黒主山(くろぬしやま)など
謡曲から取ったものがある。
(写真は占出山)

山鉾の由来
(写真は月鉾)

祇園祭の起源(疫病退散)をそのまま伝える長刀鉾以外は
その町内の神仏をまつったものと、和漢の故事や説話から
由来するものに大別することができる。
前者の例としては天神や八幡をまつる霰天神山(あられてんじんやま)、
油天神山、八幡山、聖徳太子をまつる太子山等がある。
(写真は太子山)

後者の例としては、函谷鉾(かんこほこ)、鶏鉾(にわとりほこ)
郭巨山(かっきょやま)、白楽天山、孟宗山(もうそうやま)などは
中国の故事からのもの、船鉾、占出山(うらでやま)などは、
神功皇后を巡る説話から取ったもの、芦刈山(あしかりやま)、
木賊山(とくさやま)、黒主山(くろぬしやま)など
謡曲から取ったものがある。
(写真は占出山)

祇園祭
祇園祭(その1)(ぎおんまつり)
「コンコン、チキチン、コンチキチン」
祇園囃子の音色が聞こえ始めると、京都の暑い夏が始まり
京都のまちは華やいだ雰囲気に包まれる。
そして、約1ヵ月にもおよぶ祇園祭の始まり!
(山鉾巡行の先頭は長刀鉾)

祇園祭の歴史は古く、平安初期の貞観11年(869)、
全国に疫病が流行した際に、その退散を祈願したとされる
八坂神社の神事が始まりとされる。
現在のような様式が定着したのは、応仁の乱後の
明応9年(1500)頃といわれる。
巡行する山鉾はくじによって順番が決定する。
昔、山鉾巡行の先陣争いが絶えなかったため、室町時代から
くじ引きが始められたという。
ただ、現在巡行するすべての山鉾がくじを引くのではなく、
長刀鉾(なぎなた)、函谷鉾(かんこ)、放下鉾(ほうか)、岩戸山(いわと)、
船鉾(ふね)、北観音山(きたかんのん)、橋弁慶山(はしべんけい)、
そして南観音山(みなみかんのん)の8基はくじを引かない。
(函谷鉾)

7月1日から始まり、7月17日の山鉾巡行を中心に
多くの行事が1ヶ月間に行われる。
中でも「宵山」は、各山鉾町の駒形提灯に灯が入り、鉾や曳山からは
祇園囃子が流れ、山鉾の人形・織物・金具などが美しく飾られ、
もっとも祭りらしい風情が感じられるという。
(本来は山鉾巡行の前夜16日のことだが、この日に人出が集中するので
最近では、宵山の前日の15日や、14日も宵山と同じようにやっている。
ゆっくりと山鉾を見たい人はこの日がのほうが良いそうです。)
(孟宗山)

「コンコン、チキチン、コンチキチン」
祇園囃子の音色が聞こえ始めると、京都の暑い夏が始まり
京都のまちは華やいだ雰囲気に包まれる。
そして、約1ヵ月にもおよぶ祇園祭の始まり!
(山鉾巡行の先頭は長刀鉾)

祇園祭の歴史は古く、平安初期の貞観11年(869)、
全国に疫病が流行した際に、その退散を祈願したとされる
八坂神社の神事が始まりとされる。
現在のような様式が定着したのは、応仁の乱後の
明応9年(1500)頃といわれる。
巡行する山鉾はくじによって順番が決定する。
昔、山鉾巡行の先陣争いが絶えなかったため、室町時代から
くじ引きが始められたという。
ただ、現在巡行するすべての山鉾がくじを引くのではなく、
長刀鉾(なぎなた)、函谷鉾(かんこ)、放下鉾(ほうか)、岩戸山(いわと)、
船鉾(ふね)、北観音山(きたかんのん)、橋弁慶山(はしべんけい)、
そして南観音山(みなみかんのん)の8基はくじを引かない。
(函谷鉾)

7月1日から始まり、7月17日の山鉾巡行を中心に
多くの行事が1ヶ月間に行われる。
中でも「宵山」は、各山鉾町の駒形提灯に灯が入り、鉾や曳山からは
祇園囃子が流れ、山鉾の人形・織物・金具などが美しく飾られ、
もっとも祭りらしい風情が感じられるという。
(本来は山鉾巡行の前夜16日のことだが、この日に人出が集中するので
最近では、宵山の前日の15日や、14日も宵山と同じようにやっている。
ゆっくりと山鉾を見たい人はこの日がのほうが良いそうです。)
(孟宗山)

最上稲荷
最上稲荷(さいじょういなり)
伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷の一つとして
民衆の崇敬を集めている。
正式には「最上稲荷教総本山妙教寺」
所在地が、岡山市高松地区であることから
「高松稲荷」と呼ばれることもある。

天平勝宝4年(752)に孝謙天皇の病気平癒の勅命を受けて、
報恩大師が吉備山中の八畳岩で修法し、
本尊の「最上位経王大菩薩」を感得されたことに始まる。
(天皇は全快した)
また、桓武天皇の病気平癒祈願の功徳により、寺院建立の
寄進申し出があり、大師がそのための霊地を求めていた時、
最上位経王大菩薩より「備中国、龍王山麓に堂宇を定むるべし」との
お告げがあり、天皇にこのことを進言。
天皇はその祈願所として龍王山神宮寺を寄進創建したという。
これが現在の「妙教寺」である。

(雪の最上稲荷本殿)
「龍王山神宮寺」として繁栄を極めたものの、中世の戦乱時
羽柴(豊臣)秀吉の備中高松城水攻めの際、戦火によって
堂宇を焼失。ただ、本尊だけは八畳岩の下の元宮と呼ばれる
場所に安置され難を免れたという。
江戸時代初期の慶長6年(1601)この地を治めた花房公が
関東より日円聖人招き「稲荷山妙教寺」として再興した。
このときに天台宗から日蓮宗へ改宗した。
岡山県内で唯一、明治時代の廃仏毀釈を免れたところと
いわれ、日蓮宗系「神仏習合」の祭祀形態を現在も残す。

(最上稲荷の大鳥居。ここから本殿までは遠い)
寛保元年(1741)に建立された旧本殿(震応殿)の最奥部は
岡山市の重要文化財に指定されている。
現在の本殿(震光殿)は昭和54年に建造された。

(旧本殿)
最上稲荷のご本尊「最上位経王大菩薩」は、五穀豊穣・商売繁盛・
開運等たくさんの福徳をそなえ、その威神力をもって、人々を、
苦しみ悩みから救い、様々なご利益をもたらす神様として
信仰を集めている。初詣シーズンには岡山県下最大の参拝者
(約60万人)でにぎわう。
伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷の一つとして
民衆の崇敬を集めている。
正式には「最上稲荷教総本山妙教寺」
所在地が、岡山市高松地区であることから
「高松稲荷」と呼ばれることもある。

天平勝宝4年(752)に孝謙天皇の病気平癒の勅命を受けて、
報恩大師が吉備山中の八畳岩で修法し、
本尊の「最上位経王大菩薩」を感得されたことに始まる。
(天皇は全快した)
また、桓武天皇の病気平癒祈願の功徳により、寺院建立の
寄進申し出があり、大師がそのための霊地を求めていた時、
最上位経王大菩薩より「備中国、龍王山麓に堂宇を定むるべし」との
お告げがあり、天皇にこのことを進言。
天皇はその祈願所として龍王山神宮寺を寄進創建したという。
これが現在の「妙教寺」である。

(雪の最上稲荷本殿)
「龍王山神宮寺」として繁栄を極めたものの、中世の戦乱時
羽柴(豊臣)秀吉の備中高松城水攻めの際、戦火によって
堂宇を焼失。ただ、本尊だけは八畳岩の下の元宮と呼ばれる
場所に安置され難を免れたという。
江戸時代初期の慶長6年(1601)この地を治めた花房公が
関東より日円聖人招き「稲荷山妙教寺」として再興した。
このときに天台宗から日蓮宗へ改宗した。
岡山県内で唯一、明治時代の廃仏毀釈を免れたところと
いわれ、日蓮宗系「神仏習合」の祭祀形態を現在も残す。

(最上稲荷の大鳥居。ここから本殿までは遠い)
寛保元年(1741)に建立された旧本殿(震応殿)の最奥部は
岡山市の重要文化財に指定されている。
現在の本殿(震光殿)は昭和54年に建造された。

(旧本殿)
最上稲荷のご本尊「最上位経王大菩薩」は、五穀豊穣・商売繁盛・
開運等たくさんの福徳をそなえ、その威神力をもって、人々を、
苦しみ悩みから救い、様々なご利益をもたらす神様として
信仰を集めている。初詣シーズンには岡山県下最大の参拝者
(約60万人)でにぎわう。
伏見稲荷大社
伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)
伏見稲荷大社は稲荷神を祀る、全国に約4万社ある
稲荷神社の総本山である。

和銅4年(711)2月壬午の日に、伊侶具秦公(はたのきみのいろく)が
勅命を受け伊奈利山三ヶ峯(稲荷山)に三柱の神を祀ったことに始まる。
(2011年には1300年を迎えるという歴史ある神社)
稲荷神はもともとは農業の神であるが、商売繁盛・産業興隆・
家内安全・交通安全・芸能上達等にご利益があるとされ、
毎年初詣には近畿地方の寺社で最多の参拝者を集め、
2008年の正月三が日の参拝者数は269万といわれる。

二の鳥居をくぐると豊臣秀吉が1589年に造営した楼門があり
一対の狛犬ならぬ「あうんのお稲荷さん」がむかえてくれる。
向かって右手のお稲荷さんは宝玉を、左手のお稲荷さんは
達成のかぎをくわえている。

本殿は応仁の乱で焼失したが、明応8年(1499)に再建されたもので
国の重要文化財に指定されている。
本殿から稲荷山への道には有名な千本鳥居がある。
数々の映画やドラマに登場する鳥居。どこまでも続きそうな
真っ赤なトンネルを歩くと、どこか怖いような不思議な感覚だ。

なぜお稲荷さんに鳥居が多いか?
それは、願い事が「通る」「通った」お礼の意味から、鳥居を奉納する
習慣が広がったからとの事。
伏見稲荷大社の奉納鳥居は1万を超えるという。
伏見稲荷大社は稲荷神を祀る、全国に約4万社ある
稲荷神社の総本山である。

和銅4年(711)2月壬午の日に、伊侶具秦公(はたのきみのいろく)が
勅命を受け伊奈利山三ヶ峯(稲荷山)に三柱の神を祀ったことに始まる。
(2011年には1300年を迎えるという歴史ある神社)
稲荷神はもともとは農業の神であるが、商売繁盛・産業興隆・
家内安全・交通安全・芸能上達等にご利益があるとされ、
毎年初詣には近畿地方の寺社で最多の参拝者を集め、
2008年の正月三が日の参拝者数は269万といわれる。

二の鳥居をくぐると豊臣秀吉が1589年に造営した楼門があり
一対の狛犬ならぬ「あうんのお稲荷さん」がむかえてくれる。
向かって右手のお稲荷さんは宝玉を、左手のお稲荷さんは
達成のかぎをくわえている。

本殿は応仁の乱で焼失したが、明応8年(1499)に再建されたもので
国の重要文化財に指定されている。
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数々の映画やドラマに登場する鳥居。どこまでも続きそうな
真っ赤なトンネルを歩くと、どこか怖いような不思議な感覚だ。

なぜお稲荷さんに鳥居が多いか?
それは、願い事が「通る」「通った」お礼の意味から、鳥居を奉納する
習慣が広がったからとの事。
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四国! しこく! SHIKOKU!
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四国は「青い国」とも呼ばれ、海・山・川等の自然が数多く残る。
四国霊場八十八ヵ所をはじめとする歴史・文化等も数知れずある。
そんな四国の名所・名物・おいしいものなどを紹介!
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